３４ song. ページ35
「皆さま、初めまして。森川心春と申します！」
挨拶の後に頭を下げると、あたりからクスクスと笑い声と共に「丁寧な子だなあ」「かわいい〜」なんて言葉をかけられ「恐縮です！」「ありがとうございます！」と心春が各方面へ頭を下げればさらに笑いが起きた。
「わたしはまだ高校２年生で、人生経験の足らない未熟者です。ですが、悩んだり落ち込んでいる人や、夢に向かって頑張っている方たちの力に少しでもなれるような……そんな一曲を歌わせていただきたいと思います」
拙いながらに一生懸命に言葉を紡ぐ心春の声に、喧騒としていた会場がいつの間にか静まり返っていた。
(届けよう。精一杯のエールを込めて)
あの日、ゼロアリーナの前でIDOLiSH7へ向けて歌った、応援歌。
皆や自分と同じように、いろんな理由で傷つき、落ち込み、前が見えなくなってしまうような経験はこの会場にいる誰もが体験したことがあるはず。
そんな人に、伝えたい。
あなたを思ってくれる人は、たくさんいるよ。
あなたは、一人じゃないよって。
ギターをかき鳴らし、遠くにいる人にまで届くよう、心春は腹の底からメロディーを響かせる。
マキやミサキにも、届くように。
遠く離れていても、二人が大切に想う気持ちは消えることはないと。
心春が、空の向こう側にいる母を想い続ける気持ちと、同じように。
無我夢中に歌い続けながらも、心春はあたりを見る。
ステージを見上げる人たちの顔には笑顔が浮かんでいて、リズムに合わせて体を揺らせ、手拍子をしてくれている。その光景を観て、彼女の胸に熱いものがこみ上げてきた。
『ステージの上から見える景色は未知の光景で、最初は怖いかもしれない。けれど、きっとその光景が与える感情は恐怖だけじゃないと、俺は思うよ』
いまなら、万理の言葉がよく理解できた気がした。
「はあ、はあっありがとう、ございましたっ！」
額から滑り落ちる汗をそのままに、歌を聞いてくれた人たちへ向けて感謝の言葉を叫ぶ。
一拍置いて、あたりからは地面が揺れるくらいの歓声が響き渡り、心春はぎょっとして肩をびくつかせた。
「やば！ めっちゃ歌上手っ！！」
「すっごい感情が伝わってきて泣きそうになった……！」
「いや、わたしは泣いた」
「俺、明日からも頑張れるわ」
「心春ちゃん最高！！」
あちらこちらからそんな声が飛んできて戸惑うが、凄く嬉しくて、涙目になりながらも心春は懸命に感謝を伝えた。
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
