１ song. ページ2
夕陽が落ちていく様を眺めながら、心春は公園の広場でギターのネックを強く握りしめた。
周りには犬の散歩をする人、恋人と肩を並べる人、家に帰る学生やスーツ姿の社会人、様々な人が行き交う。
誰も、彼女のことを見てはいないとわかっていながら、身体が緊張で固まって、汗がにじみ出て手が震える。
心春には、歌を届けたい人がいる。紡ぎたい、夢がある。だけど、人の目があるとどうしようもなく緊張して、喉から声が出てこなくなってしまっていた。
「……今日も、だめかあ」
情けない自分に、嫌気がする。
何度目かの挑戦も失敗に終わってしまった。
あきらめて、ギターをケースにしまおうとした時、影が心春を被った。
「歌わないのかい？」
大きな目を見開いて顔を上げると、そこには優し気な顔をした男性が立っていた。年齢は４０代くらいだろうか。
「は……はい」
「数日前もここに来ていたね。実は、その時からどんな歌声なのか気になっていたんだ」
「す、すみませんっ」
歌えない自分を攻められたように感じて、心春は勢いよく頭を下げた。男性は慌てて「そんな、謝らなくてもいいんだよ！」と優しくフォローした。
「歌はね、心から歌いたいと思ったときこそ、歌うべきだと思うよ」
歌いたい。その思いは、常に彼女の根底にあるはずなのに。
音楽を作ることも、詩を紡ぐことも大好きだった。なのに、どうしても人前では歌うことが出来なかった。
「歌うことが好き、なんですけれど……誰かに観られてると思ったら声が出てこなくて」
誰かに縋りたくなって、彼女は思わず初対面の方に本音を吐き出してしまう。
「それは、人間として至極まっとうな反応だよ」
「え？」
「最初から人前に立つことが得意な人はほんの一握りだよ。僕だって、人前では緊張しちゃうときだってあるんだよ？」
お茶目っぽく言う男性のあどけない仕草に、自然と表情が緩んだ。フフッと笑みを零す心春に、男性も柔らかく微笑んだ。
「そうだ。今日は僕にだけ向けて歌をうたってみてくれないかな」
なんて、図々しいお願いかな？
そういって眉をハの字にする男性に、心春はゆるゆると首を横に振った。
「その方が、落ち着いて歌える気がします」
そう返すと、嬉しそうに笑ってくれたから、ああ、この人は本当に歌を心から聞きたいと思ってくれているんだと感じて、心春はその期待に応えたいと、素直に思った。
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作者名：冬眞 | 作成日時：2021年7月3日 13時
