其の陸 訪問 ページ7
其の日は季節外れの夏日だった。買い出しに、特売をやっていた少し遠くのスーパーへ足を運んだ。
少し買い過ぎてしまった。重い手提げ袋を持ち直し、青信号になった交差点を渡る。
──ふと、視界の端に赤が映った気がした。
何故か気に掛かり、其方を向こうとしたが、頭の何処かで警鐘が鳴っている。結局、脇見する事はなかった。
(何にも無ければ良いんだけどな……)
ぼんやりと考え乍ら、“女”は家路に着いた。
其の数日後──
敦は仕事を終えた後、ヨコハマの喧騒から離れた所にある、或る古書店に足を運んだ。
一昔前の木造の建物といった風で、どこか落ち着く雰囲気がある。扉の上には、『明暗古書堂』と達筆の文字で書かれた、木を縦に切り取った様な見事な板が掲げられている。
扉を開ければ、ドアベルの音と共に古い紙の独特な匂いが鼻をくすぐった。
大量の本が並んでいる光景は何度見ても壮観だと本棚に目をやってから店の奥へと目を向ける。
女が
女は敦に気付くと、人当たりの良い笑みを浮かべる。
「やあ、いらっしゃい。如何したの急に〜」
座って座って〜と気の抜けそうな声を出しながら勘定台の向かいにある丸椅子を指した。
敦は素直に丸椅子に座る。
「それで、御用件は？」
「聞きたい事があるンだ。実は……」
「嗚呼、待って待って」
女は立ち上がった。
「お茶入れて来るから」
「良いの、良いの。最近立て込んでたでしょう？」
大活躍だったね、と女は敦に笑い掛ける。実際、立て込んではいたのだ。
「
敦は今回の事件解決の功労者の一人であった。
「其れに何だか、長くなりそうな気がする」
何も云えなくなった敦は、お言葉に甘える事にした。敦以外誰もいなくなった店内に時計の音がこだまする。其れが余計敦の緊張を増幅させた。
暫くして、茶と饅頭を乗せた盆を手に女が戻って来た。目に入った甘味に、敦はついつい顔を綻ばせる。そして、訪問の目的を忘れたかのように差し出された饅頭を食べ始めた。
辺りに花を撒き散らすような笑みに、女はつられて笑顔になった。
すっかり饅頭を食べ終え、茶を飲んで一息付いた所で、女が話を切り出した。
「それで、聞きたい事って？」
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作者名：耐熱ガラス | 作成日時：2020年3月15日 17時
