其の拾肆 訪来 ページ15
(本当に酷な事をする)
目の前の青年を見て、太宰は美妙を思い浮かべ乍らしみじみと思う。
横にいる二人も、名前が思い当たらない事に気が付いたのだろう。兄と同様狼狽えている。
昨日、何故名前と異能についての記憶だけ奪ったのかと訊いた。
「当時は異能を操りきれて無かったから。本当は全部消そうとしたんだけどね」
失敗しちゃった、なんて云っていた。
若し其の当時彼女の異能の操作技術が少しでも高かったなら。彼等は今頃こんな表情をしなくても済んでいるだろう。だが、家族の一人を失った事にも気付けないと云うのは、とても虚しいものなのではないか。
記憶が有るのは不幸中の幸いと云える。だが、そうであったとしても。
(失敗しちゃっただけで済ませるには些か可哀想だ)
「まあ忘れてしまったものはしょうがないさ。取り敢えず此処に行くと良い」
そう云って明暗古書堂の住所を書いたメモを渡す。
「きっと、君達の助けになるだろう」
「あ、ありがとうございます。……古書店、ですか?」
「そうだとも。異能集団が看板に“異能集団”と書くわけが無いだろう。大丈夫、行けば分かるさ。頑張り給え」
「異能集団なんですか!?」
「おや、
(古書店を謳う異能集団……真逆な)
三郎は昨日調べた噂を思い出していた。幼稚な噂だったが、もしかするかもしれない。
「其れでは、吉報を期待しているよ」
(お茶と饅頭が出なかった分の仕返しにはなったかな)
なるべく早く三兄弟と美妙を引き合わせる。其れが太宰のお茶分の意地悪であった。太宰は三兄弟を見送って暫くしてから古書堂に、今日は外回りの仕事がない筈の泉鏡花を向かわせた。
「これ、落としていたみたいだから」
予め掏っておいた鍵を渡して。
メモに書かれた住所と簡易的な地図を頼りに街を歩く。気付けばヨコハマの中心部から離れ、随分と静かな処まで来ていた。
「あそこか?」
暫く歩くとそこそこ大きな木造の建物が見えて来た。また少し歩くと、入口の上に掲げられた看板が見えた。
『明暗古書堂』
確かにそう書いている。
「どうやらここで間違いないようですね」
「でけぇ建物だなぁ」
確かに随分大きい建物である。と云うより、住宅と店舗が併設されているようであった。
「よし……行くぞ」
「はい」「うん」
弟達の返事を聞くと、一つ深呼吸をしてから店のドアを開けた。
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作者名:耐熱ガラス | 作成日時:2020年3月15日 17時