花笑みのきみ (ページ2)

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一度こうと決めたことは絶対に貫き通す
という高尾の気性をよく知っている大野は
仕方ないと言いたげに
肩をすくめて見せた。

が
引くに引けないのは櫻井だ。

「こ、これで足りないというのなら･･
な、７千、７千両出す！」

と
金切り声を上げ、膝でにじり寄ってきた。

その時
高尾がぱちっと目を開け
真っ直ぐ櫻井を見つめ

「主さん、その金、お国の人ためにお使いなんし。」

ぴしゃりとそう言うや
音もなく立ち上がり

「おさらばえ」
と
言い捨てて
金銀緑青あざやかな襖絵の向こうに消えていった。

この話は
瓦版を通じて
すぐに江戸中に広まった。

どこに行ってもこの話でもちきりで
好奇の目にさらされた櫻井は
どうにもいたたまれなくなって
病を理由に
摂磨藩邸に引きこもってしまった。

人の噂も七十五日
そのうち落ち着くだろうと櫻井がゆったり構えていたら
消えるどころか
江戸っ子たちを
もっと興奮させるビッグニュースが事件が起きた！

高尾が
摂磨藩主からの身請けをはねのけた日から
数日後･･

大野屋に一人の男がやってきた。

その男は、紺屋の久三という。
浅草で染色業を営む男だ。

年のころは三十路前
中肉中背で
ごく平凡な顔立ちをしている男なのだが
黒々とした優しそうな瞳は、すごく印象的だった。

この日の久三
羽織を着て
精一杯のおめかしをしているのだが
パッと見て
その着物は上質でないと分かる。

しかし
少しも垢じみたところがなく
丁寧に火熨斗をあて
こざっぱりとしているその姿は
久三の
誠実な人柄をそのまま表していた。

久三が吉原に来たのは
この日が２回目だ。

１回目は今から１０年前
久三が１７歳の時
近所の兄さん連中に物見遊山のノリで連れてこられた。
しかし
来たはいいが
働き始めたばかりの久三に
遊女を買う金など全くない。

だから
吉原のど真ん中を貫く大通り沿いに並ぶ大小様々な妓楼を
ぶらぶら歩いていたのだが
ここで久三
運命の出会いをする。

大行灯に灯が入り
夜でも明るい大見世・大野屋。

久三は
そこでまだ幼さが残る高尾を見た。

見世前に設えた客引きのための格子張り

遊女たちが
男達を誘うように
妖艶な微笑みを浮かべ座っている。

その中で
シャンと背筋を伸ばして座っている一人の遊女がいた。

それが
当時まだ１４歳の高尾だった。

綺麗だった。

天女かと思うほど･･。

久三の目には
そこだけ
眩しい光が降り注いでいるように見えた。