花笑みのきみ (ページ1)

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プロローグ　1 ページ1

・

･･この頃、都で流行るのもの

鰻、朝風呂、二八そば、生首、還俗、浮世床

外八文字の花魁道中

風になびかぬ高尾太夫

一目見たさの吉原通い･･

べべん･･

と三味線をつま弾きながら
一節
艶やかな声で歌っているのは

吉原随一の大見世・大野屋の看板遊女の高尾。

大野屋では
一番売れっ妓の遊女には
代々、高尾と名乗らせているのだが
今
小唄を口ずさんでいるこの高尾は
数えて八代目にあたる。

この八代目高尾は
大輪の牡丹さえも色あせて見えるほどの
美貌の持ち主。
名だたる絵師たちが
高尾をモデルに
『美人百態』と題した画集を何冊も出版している。

浮世絵も
高尾を描けば飛ぶように売れる。

まさに
今で言うところのトップアイドルなみの人気だ。

八代目高尾は
容色が優れているということだけではない。
学にも明るく
そこらの学者先生が裸足で逃げ出すくらい
古今学識に詳しかったし
世尊寺流の書の達人でもあった。

まさに
才色兼備の八代目高尾だったが

今

小唄の中に出てきた『風になびかぬ高尾太夫』というのは
彼女のことではない。
彼女の一代前の七代目高尾太夫のことである。

七代目高尾太夫は
吉原の、いや江戸の伝説的な人物だ。

その伝説とは
どんなものだったのか
少し簡単に説明させてもらおう。

・

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
と
言われるほどの美貌を誇った
七代目高尾太夫

彼女に一目会うために
吉原へ向かう土手には長々と行列ができ
一晩で
何百両もの小判が積まれたという。

しかし
皆の憧れ高尾太夫に一番のご執心だったのは
西の雄藩、摂磨藩の藩主・櫻井監物だ。

御年６０を越えた櫻井には
妻も子もあり
すでに老境に達していたが
高尾に対する思いは熱く
高尾を我が物にするため
吉原史上最高身請け金額６千両を提示してきた。
(６千両というのは今の金額にすれば１０億ちかい金額！)

吉原一の大見世、大野屋の主も
さすがにその金額には目を剥いたが
当の本人、七代目高尾太夫は落ち着き払い
眉毛一本動かすこともなかった。

「高尾、お前どうするえ？」

大野が高尾に尋ねると
高尾は

「わっちやぁ、いやでありんす。」

透き通る声でキッパリと言い切り
あとは
目をつぶって
貝のように押し黙ってしまった。