08-悪あがきも、どうせ ページ22
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今朝も彼女は僕より先に目覚めて、僕の為に美味しいご飯を作っていた。
むくりと起き上がり、彼女に眠気眼で挨拶しながら洗面所へ向かう。
昨日買った新しい歯磨き粉が鏡の裏に入ってあるのを確認しながら、僕は自分の歯ブラシを取った。
「おはよ、A。……どしたの」
「おはよ、悟。何が?」
完全に目覚め切った顔で彼女にもう一度挨拶を交わすと、そこで漸く彼女の服装がいつもとは違う装いなのに気付いた。
シックな色を身につけて、髪をまとめあげてうなじを見せるA。
複から透ける背中に僕は一瞬見惚れてしまった。
「そんな恰好珍しいじゃん。何かあんの?」
「うん。今日ご飯行く事になった」
「……誰と?」
一瞬目を見開いて、それから伏目がちになりながら意味ありげに微笑む彼女。
相手が誰だなんて、聞かなくたって分かる。
彼氏だ。本物の……。
今までほとんどAは彼氏の存在を僕に話す事は無かった。
……居ないと錯覚させるほどには。
だけど違う。彼女が意図的に、こうして彼氏に触れる事を避けてきたからだ。
僕が、それについて触れるのが嫌なことを知っているみたいに。
「……帰り、遅くなんの?」
「どうだろ。わかんない」
「………遅くても、帰ってくる?」
「……うん」
若干間の空いた返答はさらに僕の焦燥感を煽った。
帰ってこなきゃ僕が迎えに行くだけだ。
それがどこに居て、どんな営みが行われてようが。
そんな心情に気付かれないように、僕はなるべく明るい声で「楽しんでね」と送った。
それに彼女は軽く微笑んで「うん」と言う。
「それじゃ行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
「悟、お仕事頑張ってね」
僕が「Aも、」と言った時には、無慈悲にも既に玄関の扉はガチャン、と重たく閉まってしまった。
僕が出勤するまで、あと1時間ある。
リビングに戻ると、部屋の片隅に昨日買った買い物袋がそのままの状態で残されていた。
「………アホか、僕」
マグカップ、スリッパ、新しいタオルに新しい収納ケースと食器。
調子に乗って買ってしまったそれの一つを手に取って嘲笑がこぼれる。
こんなもの買ったって、意味なんか無かった。
どうせ、もう明後日には僕とAの関係は終わる。
そうすれば僕はこの部屋を出て、元の家に戻るのに。
関係を終わらせたくないというように、彼女の選んだスリッパは僕にぴったりだった。
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花帆 - 両者の視点で本心が読めるのも面白いです♪続き楽しみにしています! (2022年9月28日 2時) (レス) @page28 id: 8832d32b96 (このIDを非表示/違反報告)
おそらまめ(プロフ) - yukinoさん» yukino様、作者の様々な作品に目を通して頂き大変うれしい限りです。yukino様から頂いたコメント、全て拝見しております。いつも励みになるコメント、ありがとうございます! これからもどうぞご支援頂けると幸いです。 (2022年1月20日 5時) (レス) id: bb8d3426f9 (このIDを非表示/違反報告)
yukino(プロフ) - 私呪術廻戦では五条悟が一番好きなんですよ!(知るか) 読んでて,とても面白いです!!!続き気になります!頑張って下さい!! (2022年1月17日 20時) (レス) @page18 id: b465ac1425 (このIDを非表示/違反報告)
おそらまめ(プロフ) - 董香さん» 董香様、コメントありがとうございます!嬉しいお言葉、励みになります!(^^)これからも頑張れます! (2021年5月31日 16時) (レス) id: bb8d3426f9 (このIDを非表示/違反報告)
董香(プロフ) - はじめまして!こんにちは! 読んでてすごくおもしろいです!!!これからも楽しみにしてます (^^) (2021年5月30日 13時) (レス) id: cdc6ebec75 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おそらまめ | 作成日時:2021年5月29日 15時