サーカス団員は隙だらけ (ページ18)

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威嚇ってなにページ18

小さな頃から触れてこなかった者にとって、文字とは奇々怪々なものである。

なんだか意味のわからない記号にそれぞれ音があって、記号のつながりによってひとつの音の流れが表され、それがひとつの言葉となる。

しかも時と場合によって発音が変わるときた。最近なんとかアルファベットを覚えたAには途方もない作業だ。

『ねェセンセー、なんでわざわざ文字があるのォ？』

「正しいものを残すためだ。人の記憶の曖昧さ故に先人たちは記録する術を生み出したのだ」

『あァ…確かにミステリーショップについた途端に何買うか忘れちゃうね』

放課後皆が部活動に勤しむ間、Aは文系担当のトレインに字の読み書きを教わっていた。

きっかけは魔法史初回の授業。受講前の知識量をチェックするテストを、1人名前すら真っ白で提出した生徒がいた。名簿から特定し呼び出せば「読み書きができません」と言う。

厳しいと有名なトレインだが、それは学ぶ環境が整っているからこその言葉であって、授業を満足に受けられない生徒を切り捨てるような真似はしない。

それに、ひとつ正解を重ねる度に「僕天才じゃない？」と顔を綻ばせる彼に教師心が擽られるのも本音だ。

『ルチウスゥ、そろそろ撫でさせてくれてもよくなァい？』

これでもかと毛を逆立てて威嚇。元々トレイン以外に懐かない猫だが、威嚇までするのはAに対してくらいだ。心当たりはあったがトレインは黙った。

めげずに触れようと伸ばす手には既に赤い線が入っており、さすがに止めなさいとルチウスを腕に閉じ込めた。これも良くあることのため、予め用意していた絆創膏を指に貼ってやった。いつ見ても骨ばっているその手は明らかに細すぎる。

…きっと常人では歩めないほど険しく孤独な道を進んできたのだろう。君は子供より純粋で、大人より深く知っている。せめてこの学園で学ぶ3年間、人並みの幸福を享受してほしい。

「何度も言うぞ。文字を読めるようになるのが先だ。字を読めるようになったら本をたくさん読みなさい。君が知らない世界がそこに眠っている」

『はァい』

「まったく…気の抜けた返事は返事と認めないぞ」

『うわァやっぱ素でそうなんだァ』

ありがとうございましたーと教務室を去る背中を見送ると、課題チェックを進めるクルーウェルが声をかける。

「今日もご苦労なことで」

「…」

「大きな孫ができたみたいですね？」

肩を揺らすトレインを見てゆったりと笑みを浮かべた。