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当時の俺はその質問の意味すらよくわかっていなかった。今思えば俺が受けていたのは実践向けの訓練だったから、手加減の仕方なんて教える必要がなかったのだろう。Aは俺の言葉を聞くとゆっくりと息を吐いて、それじゃあ、と言って目を細めた。
「今から私が言うことはしっかり聞いてください。まず、戦場に行くとき以外は⋯⋯例えば、生き物を思いきり握ったりしてはいけないのです」
「それは、死ぬから?」
「はい。特に小さいものは力を入れると簡単に死んでしまいますから、抱き上げたいときは、ゆっくり、そっと触るようにしてください。⋯わかりましたか?」
「うん、わかった」
流石の俺でも、死ぬということがあまりよくないというのはわかっていた。俺がこくりと頷くとAはにこりと笑って、とりあえずこの子はどこかへ埋めてあげましょうか、と言った。耳許に熱が集まって、つられるように俺も不器用な笑みを浮かべた。
「⋯⋯A」
俺が名前を呼ぶと、Aはくるりと顔をこちらへ向けた。俺が浮かない顔をしていたせいか、Aは俺が先ほどのことでまだ落ち込んでいると感じ取ったらしく、俺に向かって歩いてきながら「どうかしましたか?」と訊いてきた。
白薔薇の茂みが辺りを取り囲んでいた。たぶん、ここは建物の中から見ても誰が何をしているのかわかりづらいところだと思う。俺は浅い知識の中で、薔薇の棘がAに刺さらないだろうか、ということを心配していた。埋めた動物の死骸は土へ還っていくとAは言ったが、土に還っていったらあの動物はこの薔薇の栄養分になるのだろうか。わざわざそんなことを助長してくれなくてもいいのに。
「耳かして」
「耳?」Aが訝しむように眉を顰めた。
「ええから」
「はい⋯」
渋々、といった感じでAが俺のほうへ耳を傾けた。俺は声をひそめて、そっと囁いた。
「あのな、俺⋯⋯Aが好きやねん」
俺はそう言ってAと唇を合わせた。すぐに俺が離れると、目を見開いたままAが俺を見た。俺はAは俺をじっと見つめて、必死に何か言おうとしているようだった。
「⋯Aは?」
「え⋯⋯」
「俺のこと嫌い?」
「嫌い、じゃない⋯⋯です」
その言葉で、俺は幾らか安心した。でもこのとき、嫌いなのか、ではなくて、好きなのか、と訊いておけばよかったと思う。Aは汗の滲んだ額を拭って、困ったようにどこかへ視線を彷徨わせた。
「⋯戻りませんか?」
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さくらんぼ双子(プロフ) - ルカさん» 分かります⋯!!神作者様だとやっぱり被っても発想が凄いんですよね⋯!! (2022年10月4日 15時) (レス) id: b167e19be9 (このIDを非表示/違反報告)
ルカ(プロフ) - 薔薇、すごい被ったのに内容が全然違うの凄い、、!! (2022年9月21日 23時) (レス) @page30 id: 4cbe8909de (このIDを非表示/違反報告)
さくらんぼ双子(プロフ) - 闇の塩分さん» 闇の塩分様ありがとうございます!面白かったです。ヤンデレtn氏もいいですね⋯ (2022年8月16日 2時) (レス) id: b167e19be9 (このIDを非表示/違反報告)
さくらんぼ双子(プロフ) - 若草 翠さん» いえ、そんなことないですよ!読みましたが面白かったです!そしてありがとうございます! (2022年8月16日 2時) (レス) id: b167e19be9 (このIDを非表示/違反報告)
闇の塩分(プロフ) - 書き終わりました (2022年8月15日 23時) (レス) id: 629d679cbe (このIDを非表示/違反報告)
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