終話 ページ1
一瞬、風の音がやんだ。
「もっと、強引になってよ」
言葉の終わりは、ひどく震えていた。
「センラさん……ねえ、寒い」
上着を脱いで着せてやるかわりに、センラは手を伸ばしてAを引き寄せた。
ためらいながらそっと抱き抱えると、Aはおずおずと両腕を彼の肩にまわした。
冷たくて柔らかな頬が押し当てられた途端、センラの中で、何かがぷつん、と音を立てて切れた。
後ろの灯台に彼女の体を押しつける。
息が詰まるほど強く抱きしめると、彼女の口から吐息のようなかすかな声が漏れた。
その音を掬いとるように、センラは夢中で唇を重ねた。
息をするのももどかしかった。
冷たくなっていく風の中で、彼女と触れているところだけが、灼けるように熱い。
「センラさん」口づけの合間に、彼女がささやく。
「苦しいです…うで、ゆるめて」
「いやや」
彼女の足から力が抜けてずるずると崩れ落ちるのにまかせて、抱き合ったままそこにしゃがみこむ。
センラはジャケットの前をあけ、震えている彼女の体をねんねこのように包み込んだ。
随分長い時間が経ったあとで、Aはセンラのセーターに顔をうずめたまま、呟くように言った。
「こわかったんです」
「なにが？」
「センラさんのこと、だんだん好きになっていく自分が。いままで、こんな気持ちになったことなかった。志麻さんに相談して、それが恋だと知って。泣いてもいいって言ってくれたのも、センラさんが初めてでした。ずるいです。」
好きになるなって方が、無理じゃないですか。
彼女は頭をぐりぐりと押し付けた。
「そんなそぶり、いっぺんも見せんかったやん！」
「ポーカーフェイスは得意だったみたいで」
Aは笑おうとして、ちょっと失敗した。
「思いきろうとしたんです。いまのうちに。いまなら傷は浅くて済むし、前と同じような生活に戻ることになっても、今ならまだ平気って。でも、全然平気じゃなかった」
１週間も黙って居続けたんですから、少しくらい察してくださいよ、と彼女は悪態をつく。
「ごめんって」
「……今日はオムライスがいいです」
「ん。作ったるよ」
Aは目のあいたばかりの子猫のような瞳でセンラを見上げ、やがて小さくこくんとうなずいた。
センラは顔を寄せ、もう一度だけ、遠慮がちに口づけた。
彼女はそっと応えてくれた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 179人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
まつり(プロフ) - なるほど！！！続編も短編も両方楽しめるということですね！読者的にはすごい得した気分です！掛け持ちになると思うので自分のペースでお身体壊さないようにしてください…！更新、楽しみにしてます！ (2020年4月11日 19時) (
レス) id: dc65f13ca7 (このIDを非表示/違反報告)
りひと(プロフ) - まつりさん» ありがとうございます。続編に入る前に、短編を書いて思い出しながらやっていこうと思っています。今後とも応援のほどよろしくお願いいたします。 (2020年4月11日 19時) (レス) id: d056bbadb9 (このIDを非表示/違反報告)
まつり(プロフ) - いきなり更新されて驚きました！大好きな挨拶シリーズの新しいお話が読めてとっても幸せです！！！ありがとうございます！ (2020年4月10日 0時) (レス) id: dc65f13ca7 (このIDを非表示/違反報告)
りひと(プロフ) - 。。。さん» ありがとうございます。解除いたしました。ご迷惑おかけし申し訳ございません (2019年11月12日 17時) (レス) id: d056bbadb9 (このIDを非表示/違反報告)
。。。 - オリジナルフラグはちゃんと外して下さいね。。。 (2019年11月12日 17時) (レス) id: 0cc258f9a4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：りひと
| 作成日時：2019年11月12日 16時
