君の犬になってもいいよ【東海オンエア】

犬、と襟足 ページ31

落ち着いた呼吸で自転車を漕ぐ彼は、この前二人乗りした時にゆめまるが足をぶつけたという出来事を楽しそうに話してる。相槌を打つあたしは掴んでいた腰の辺りから彼の筋肉量を測っていた。細身だなと思っていたけど、毎日厳しい部活に専念しているだけあって腰回りは想像よりもしっかりしている。いつもは貧困な想像力のくせに、こんな時に限っては肌の質感や筋肉のつき方まで綺麗に頭の中で想像できるから不思議。

「なんかくすぐったい」

あたしの気持ちが伝わったのか、それとも手付きがキモかったのか、ふっと笑ったりょうが上半身を軽くよじらせた。焦ったあたしは咄嗟に彼から手を離す。

「あ、段差！」

「ん？」

前から聞こえたりょうの声。聞き返した瞬間、ガンと下から突き上げるような衝撃が自転車を不安定に揺らした。

「うわっ！」

手を離していたことにより大きく傾いたあたしの体は、勢いよくりょうの背中に飛び込む。後ろから抱き締めるような体勢になり "これは事故です！"と思わず叫びたくなった。変な罪悪感であたしの心臓がはち切れんばかりに膨らんでいく。

「ごめん、言うの遅かった！大丈夫？」

りょうの問いかけに、ハッと凄い速さで顔をあげる。

「いや！思い切りぶつかった、ごめん…！」

「言わなかった俺が悪いし、気にしないで」

あっけらかんとしているりょうは何も思わないのだろうか。あたしの耳がきっと端の方まで赤くなってることを、前を向く彼は知る由もない。血管が張り巡らされた頭の先から足の爪先まで熱くさせているのは自分だけか。

「なんかA、初めて会った時より話しやすくなったね」

「……え、」

自転車は赤信号に引っかかり歩道で止まる。あたしは風で顔の近くに落ちた髪を耳にかけた。

「…なんだろ、りょうに慣れてきたのかな」

「いつも怖い顔してた。彼氏のフリしてって言う割には俺にベタベタしてこないし、不思議だよね」

「まぁ…それは、一応図々しいお願いをしてるとは思ってたから」

「気張ってたんだね」

「うーん、そうなのかな」

「今の方がいい。そっちの方が可愛いよ」

そう言ってこちらを見たりょうはいつも通りの顔をしてて、彼の服を掴むあたしの手が強張る。偽物の彼氏なのに、好きにさせちゃってどうするつもりなんだろう。責任取ってくれるのかな。

「信号変わった。出発しまーす」

そう言ってペダルを踏んだ彼の短い髪の毛が風で優しく揺れる。あたしは彼の短く整えられた可愛い襟足を眺めて、何故か少しだけ切なくなった。

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