其ノ参、万事相談處、開業 ページ20
玄関に掛かった、質素な｢御薬處｣の看板に小さく｢萬屋｣の文字が書き足されてから早幾日。未だに戸が叩かれることは無く、今日も今日とて妖達は辰哉の家で思い思いに過ごしていた。
…とはいえ、まだ辰哉に敵愾心というか、警戒心を持っているらしい康二は、何かあった時の為、と目黒の袖を軽く踏んだ儘、其の大きな背中でうとうとと船を漕いでいた。
警戒されている当の本人は薬を届けに村外れの老人の家へ行っている。何時もなら部屋の壁に寄りかかって学術書を読み込んでいる亮平も、朝から何やら忙々と出ていってしまった。
幾ら田舎の村とはいえ、何時もよりゆっくりと流れ、悠久にも思える時に、少しの退屈と眠気が程よく家を満たす。
退屈そうに伸びをする佐久間は、朝起きてから仕舞っていない布団に飛び込んで頭を擦り付けると、溜息を小さくついて仰向けになる。
ぼふっ、と現れた猫耳は、気が緩んだ証拠。じたばたと脚を動かして、大声でぼやいた。
佐｢…あーもう！暇にも程が有るって…！なぁんでこんな時に限って何にも起こらないんだよ〜！こないだ迄凄い沢山妖出てきたじゃんか！ひまひまひま！｣
照｢煩い佐久間！ラウールが起きるだろ！｣
涼｢照、すっかりお父さんみたいだね…｣
ラウールの小さな頭を淡黄色の膝に乗せて、潜めた声で叱りつけた照を見て、涼太は思わずそう言って苦笑する。
まァでも、昔の照よりずっと良い、なんて言葉を言おうものなら途端に機嫌が悪くなる、というか拗ねることは分かっていたので、代わりににこりと笑いかけた。
と、妖達の会話以外は静かな室内に、良く耳を澄まさねば聴こえぬような、小さなこつ、こつ、と言う音が響く。
ピクリ、と突っ伏していた顔を上げた翔太が、寝惚け眼を擦りながら｢…はーい、だれ？｣と返す。
本来此処は辰哉の家で在って、辰哉以外の声がすると怪しまれるのでは、と近くにいた目黒が慌てて翔太の口を塞ぐと、驚いたのか寝起きの目が丸くなった。
？｢…あの、萬屋さんと云うのは此方でしょうか…？｣
細い、可憐な声が薄い扉越しに聞こえ、一番近くに居た涼太が草履を引っかけ土間に降りる。
何ともなしに横を見た照は、ゴロゴロと寝転がる佐久間の頭に揺れる猫耳を見て、慌てて佐久間！耳！耳！と囁き、慌てふためく佐久間を何とか背中に隠す。
康二も警戒しているのか、目黒の背中の布を握って陰からじっと覗き見る。
開き戸を開けると、薄桃色の着物を纏った少女が上目遣いで立っていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1064人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
莉月(プロフ) - 優さん» こちらこそリクエストありがとうございました！楽しんでいただけていたら幸いです。これからもよろしくお願いします！ (2021年1月27日 7時) (
レス) id: d1f373beb4 (このIDを非表示/違反報告)
優(プロフ) - お話書いて頂きありがとうございました！これからもお話楽しみにしています！ (2021年1月26日 21時) (レス) id: a7e52b77bc (このIDを非表示/違反報告)
莉月(プロフ) - リクエストはここで締め切らせていただきます！リクエストしていただいた皆様、ありがとうございました！お話になるまで、少々お待ちください。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: d1f373beb4 (このIDを非表示/違反報告)
莉月(プロフ) - さのちゃんさん» 最後の一枠なので大丈夫ですよー！リクエストありがとうございます。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: d1f373beb4 (このIDを非表示/違反報告)
さのちゃん(プロフ) - まだリクエスト大丈夫でしょうか？橙くんが怪我して敵に捕まって黒くんがすごく怒るお話を読みたいです。よろしくお願いします！ (2021年1月5日 21時) (レス) id: f84afddcf2 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：莉月 | 作成日時：2020年5月30日 12時
