111.自室 ページ13
前日は式典の服装や段取りの確認で慌ただしく過ぎ去り、ついに当日となった。呂色のケープのボタンを留めて、正面にある鏡を見つめる。
つい数ヶ月前までは、ただ生きるためだけに人を殺して僅かなお金を貰っていた。前世の倫理観を持ち合わせている今となっては、その所業に思うところが無い訳ではない。事実W国に来ればパン屋で働くことが出来たのだ、刺客が来ることも普通にあったけれど。
そう、あの国から出さえすれば、足を洗うタイミングはあったのだ。今世の私を攫い慰み物にした男達がいた国から出られたなら、普通に生きていけた。けれど出入国に必要なものを持ち合わせておらず、偽造する手段も人脈も、そのためのお金も無かった私は到底無理だと思い込んでいた。依頼を利用しようなどという考えすら持ち合わせていなかった。彼の人が嫌う思考停止、というよりは、その大本となる知識がなかった。国という概念すら朧気だった、依頼人がやたら詳しく手順を説明してくれたわけだ。敬語も形だけ使ってはいたけれど、今のようなものでは到底ない。
数ヶ月。
もう名前も忘れてしまった誰かから依頼を受けて、たったの数ヶ月。私を取り巻く環境は一変し、私自身も変わってしまった。名も知らぬ神様が私を今世に混ぜ込んだ時、私は見捨てられたのだろうか、それとも拾い上げられたのだろうか。それは幸せだろうか、不幸せだろうか。今の私は、今世と前世が混ざり合った私は、まるで定義を持たざる概念のように曖昧で朧気な私という人格は、何を以て幸せと為すのだろうか。彼の人への、彼らへの忠誠心だけは、どうしてか本物であるように思えるのは、それすらも錯覚なのだろうか。
私は、私とは、一体何なのだろうか。
「……」
ふう、と溜息を吐く。
これから私は、この軍の幹部として彼らと同じ場所に立つ。けれどただ一つ、こうして哲学とも何ともつかない思考に浸ることで思い至るただ一つの気がかりは、グルッペンさんが言う私の評価が正当なものなのか、私自身は理解できないことだ。
今世の私がこの術を手に入れるためにした努力を、前世の私は素直に賞賛できる。それは、前世の私は今世の私を他人として認識しているだからだ。よくぞその環境の中で生き抜いたと、良いことではないが人を殺すことも致し方なかったのかもしれないと考えているのだろう。
けれど今世の私はこの術を生きるのに必要だから身につけたという認識で、賞賛に値するとは思っていない。
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たむ(プロフ) - 今回で何回めでしょうか。ふと、この作品を読み返したくなり、読み終わると共に更新がされず時が過ぎていくのを寂しく思います。陽乃様の御健康を一番に祈りますがまた更新がされるのを気長に祈ることをお許しいただけると幸いです。長文失礼いたしました。 (8月23日 0時) (
レス) @page33 id: eba900a9f0 (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - ひよこさん» コメントありがとうございます。キャラクター像や物語の軸が揺らがないように気をつけているので、お言葉とても嬉しいです。こちらこそ拙い作品と返信になりますが、のんびり頑張りますのでよければお付き合いください。 (2020年7月27日 8時) (レス) id: 612ba65c82 (このIDを非表示/違反報告)
ひよこ - コメント失礼致します。占いツクールは設定や言動がガバガバなものが多いという偏見を持っていたのですが、この作品は全てにおいて素晴らしいなと感じました。物語に惹き込まれ、一気読みしてしまいました。拙い感想文で申し訳ございません。今後も応援しています。 (2020年7月13日 22時) (レス) id: 4949800785 (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - ぴさん» コメントありがとうございます。言葉選びはかなり気を遣うので、そう仰っていただけると報われた気持ちです。コメントは気力に直結する部分もあるので、本当に有難く思いつつ返信しています。お気遣い本当にありがとうございます、私のペースで頑張ります。 (2020年6月13日 9時) (レス) id: 0fb3ccf51e (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - 暁レイさん» コメントありがとうございます、なかなか軸からブレないよう書くのは難しいもので、苦労する部分もあるのでとても嬉しいです。引き続きのんびりと頑張ります。 (2020年6月13日 9時) (レス) id: 0fb3ccf51e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：陽乃 | 作成日時：2020年6月2日 20時
