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妙案だと言いたげににこりと笑う彼に、恐る恐る首を横に振る。
「仮に任務をこなしたとしても、私が後輩になりますし……」
「チーノはグルさんのこと呼び捨てするで」
「総統閣下をですか」
「せやで？ あ、そうそう、グルさんがな、『皆様付けとはいえ名前で呼ばれているというのに、なんで俺だけ総統閣下とかいう仰々しい呼び方なんだ』って膨れとったわ」
「そう仰られましても……」
「ふは、まあ考えとったって」
最後の一房を飲み下し、グラスの中の水を飲み終えて息を吐く。
トントンさんは紅茶を口に含みながら、何とも形容しがたい目でこちらを見ていた。向けられたことの無い種類の視線に内心困惑しつつ、さり気なく視線を合わせずにおく。
口元は見えないけれど、眉尻は少し下がって、目は細められている。あの日の兄さんと似た表情だ、けれど悲しそうには見えない。どちらかといえばそれは、パン屋のご夫婦が私に向ける微笑みに近いような、そんな気がして。
「……私、そろそろ失礼致しますね」
「もうそんな時間か、俺もこれ飲み終わったら休むわ」
「おやすみなさい、トントン様」
「おん、……A」
「はい」
「行ってらっしゃい」
一瞬、息が止まった。
トントンさんは何の気なしに言った台詞なのだろうけれど、それは、今世で殆ど言われたことの無い言葉で。私に向けられるはずのないもので、だって、私に帰る場所なんてなくて、帰りを迎えてくれる人なんていなかった。
ああ、駄目だ。そんなの駄目だ、絆されちゃ駄目だ、近づきすぎてはならないのだ。だって私は、本来ならここにいるはずのない人間だ。
「……ありがとうございます」
そんな心持ちを押し隠して、無理やり微笑む。
それで終わると思ったのに、彼は困ったように微笑んで、ちゃうやろ、と言った。
「……え、と」
「行ってきます、やろ」
「……」
「ここに帰っておいで、A」
だめ、なのに。
「……いって、きます」
「ん、夕飯一緒に食べような、待っとるから」
こくりと頷いて立ち上がり、グラスを洗ってから食堂を出る。トントンさんの顔は見られなかった。
自室に戻って歯を磨き、口元の化粧を済ませ、上着を羽織って鞄を片手に基地を出る。
朝日もまだ昇っていない暗い道を、足早に歩く。
どうして。
どうしてあんなことを言うんだ。
どうしてあんな目をするんだ。
どうして微笑みかけたりするんだ。
どうして、あれじゃあまるで。
「……気にしちゃ駄目」
私はただ、仕事をするだけだ。
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陽乃(プロフ) - 黒猫さん» コメントありがとうございます、黒猫様の御趣味に添えられたようで嬉しい限りです。続編ものんびり書いておりますので、楽しんでいただければ幸いです。 (2020年5月29日 16時) (
レス) id: 89afdb7f98 (このIDを非表示/違反報告)
黒猫 - 全て見させていただきました。俺はこういう作品が好きなので、とてもいい気持ちになりながら見ていました。神作品をありがとうございます。 (2020年5月21日 10時) (レス) id: 0779f5a88d (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - （名前）さん» コメントありがとうございます。建物の設定は実在する基地や城塞、そして仰る通り大脱走など御本人たちの動画を参考にした部分もありますね。気づいてくださって嬉しいです。 (2020年4月12日 21時) (レス) id: 4760b364cd (このIDを非表示/違反報告)
（名前） - 9の途中まで見ました〜なんかPX、商店、、かな？みた途端、大脱走元にしてるんかなって思ったーーー！！実際どうですか？本当に大脱出が元だったら、、違うくても、話の作り方、うますぎる… (2020年4月12日 19時) (レス) id: ca685f05f7 (このIDを非表示/違反報告)
陽乃(プロフ) - 黒胡椒さん» コメントありがとうございます、のんびり更新していきますのでよければお付き合いください。 (2020年4月4日 3時) (レス) id: 4760b364cd (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：陽乃 | 作成日時：2020年3月16日 17時
