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……
「わたしはあなたなんて知らない」
「ああ、そうだろうな。でも俺はずっと見ていたんだ。わからなかっただろう？」
人を驚かせるのには自信があるんだ、と彼は笑んだ。蜂蜜が蕩けて落ちていくような、そんな柔らかさを持っている。
しかしこの男、とうとう頭までイカれたのだろうか。もしかして魂が反発して思考回路が壊れたとか？ ……さすがにそれはないか。
「あなたは私の所有物じゃないし、その逆でもない。私とあなたは赤の他人。器の関係を除けば、お互いに互いの何も知らない」
「いや、知っているさ。きみの全てを見ていたからな」
「おかしなことを言うのね、刀剣男士ってやつは」
「ああ、そうだとも。俺には恐らく
「あなたと話していると疲れるんだけど」
「そうかい？ 俺は嬉しいが」
「…………さっき、私をすきだと言ったけれど。あれはきっとただの間違いだと思う」
「間違い？ きみを好きであることのどこが間違いなんだい？」
「あなたはあなたの主である審神者と私を間違えているだけ。私とあなたの間には縁も絆も何ひとつ＿＿」
「それだけ？ たったそれだけできみは俺の愛を否定するのか？」
純粋に怖いと思った。静かに、目の前で狂っていくこの男が。
＿＿ねえ、貴女ならどうするの？ 主なんでしょう？
尋ねても、彼女が答えることはなかった。完全な沈黙。どうやら、“約束”の時が来てしまったらしい。
「ねえ、鶴丸国永。お願い、これだけ聴いてね。きみはいつだって私の話を聞かないで自分のことしか考えていなかったけれど」
……いや、そのせいか。きみの言葉は愛じゃない、そう思うんだ。
力の抜けた腕を振りほどくのは簡単だった。彼の双眸の金色が陰るのにはどこか罪悪感があったけれど、もう会うことはないんだから、大して気に留めるようなことでもない。……そう思うしかなかった。
捨てられた猫のように＿＿あの日山の麓で見た老いた白猫のように、彼はただ呆然とそこにいた。
……
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作者名：木浪 | 作成日時：2020年4月21日 15時
