ヴァニタス・ヴァニタートゥム

STORY 30 ページ30

「いやちょっと待って、刺したら痛いよ！？」

「そうだな、あはは」

　何が『あはは』だと自分でも思いながら誤魔化したが内心安堵していた。この様子だとどうやらマーロンは針の『仕掛け』に気づいていないようだ。

「そういえばこの針、何に使うの？」

「えっと……」

　マシューは思わず口ごもるが、何も言わないのはかえって逆効果にもなりそうなので説明することにした。

「魔女の身体には必ず“魔女の印”というものがあって、それはたいてい痣のように見えたりする。これはその印を見つけるためのものだ。普通の痣やホクロと違って“魔女の印”は針で刺しても痛みもせず、また血も流れない。だからもし、この針で刺しても血が出なくて何も感じなかったらそいつは魔女というわけだ」

「そうなんだ。あの、訊きたいことがあるんですけど」

「なんだ？」

「僕の母は魔女なんですよね？」

「ああ」

「僕は魔女から生まれたから魔女の血をひいている」

「うん……ん？」

「僕は魔女なんでしょうか」

「いや違っ……」

　マシューはそこで思わず『しまった』というような表情を浮かべる。マーロンがクラウディアの血をひいてるのは明らかで、彼を『魔女ではない』と言ってしまえばそれは同時にクラウディアが魔女だということも否定することとなる。
　マシューは針を机に置くと額を押さえて暫しの間、俯いた。

「実は僕の右腕にいつついたか分からない痣があるんです。だから、試しに刺してくれませんか？」

「は？ いや刺したら痛いだろ！」

　マシューは思わず顔を上げる。机の上に置いた針の位置が先程と若干ズレていたことに彼は気づかない。

「深くなければ大丈夫です。やってください」

「う……」

　マーロンの勢いに押されたマシューは躊躇いながら針を取った。ここです、とマーロンが肘まで袖をまくると確かに痣が存在する。

「じゃあ……」

　思い切ってマーロンの腕に押し当てて力を込めた。だが……。

「あれ……」

　浅くではあったが針は確かに刺さっている。それなのに――一滴の血も出ない。

「貸してください」

　そう言ってマーロンが針をかすめ取って自ら刺すが結果は同じだった。

「ちょっと待て！」

　すぐさま奪い返したマシューがこっそり確認するが、『仕掛け』はまだされていない。

「僕は魔女です」

　それは問いかけではなく解答。疑問ではなく断定。

「僕は夢で未来を知ることも出来る。僕は紛れもなく魔女なんだ」

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