思い出せ ページ25
「……すみません房江さん、病み上がりなのに付き合わせてしまって」
「いいのよ。……これがAちゃんとの最後の思い出になるかもしれないんだから」
「そんな……こと……お店はどうするんですか……？」
「いい頃合いだったし、もう店じまいしようかしらね」
「……！ そうなん、ですか」
司達がショーをやる劇場に着いて、二人はそんな会話を交わしていた。
Aとしてはこのままずっとここに居たい気持ちが強いのだが、房江は彼女が司達のもとへ帰るのが最善だと考えているらしい。
お世話になっているだけの身で我を通すわけにはいかないと思いつつ、Aはどうすれば良いのか分からずにいる。
そんな彼女の葛藤を感じ取ったのだろう。房江は優しく微笑むと、諭すように言った。
「あの子ならきっと、あなたを幸せにしてくれる。帰るべき場所があるというのは幸せなことだわ」
「……はい」
俯きがちに返事をするAの頭を撫でると、房江は少しだけ寂しげに笑ってみせた。
「だから今日はたくさん、楽しませてもらいましょうね」
「そう、ですね」
それからしばらくして上演時間を迎え、Aはステージの上に立つ司の姿を見つめた。
眩しいスポットライトを浴びながら堂々と立つ彼は、とても輝いているように見える。
(……あれ)
役になりきって演技をしている司の姿を見て、何か頭の奥で引っかかるような感覚を覚えた。それはどんどん大きくなってゆき、やがて頭痛へと変わる。
「っ……！？」
突然襲ってきた痛みに顔を歪めると、隣にいた房江と目が合った。彼女は心配そうな表情を浮かべて、「大丈夫？」と訊ねてくる。
「は、はいっ。平気です」
慌てて笑顔を取り繕うが、それが上手くできているかは分からない。
気を紛らわせるために再び目線を上げると、司は舞台袖に捌けていたらしくえむと寧々の二人が立っていた。
頭痛は未だ治まらない。それどころか、酷くなっている気がする。
彼の演技を見たときに感じたもの。
すごいとかだけじゃない。もっと別の何かがあるように思えるが、もやがかかっているようではっきりとしない。
……思い出せ、私。
目を閉じて思考を巡らせようとすると、何かを思い出しかけたところで、急に意識が遠のいていった。
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作者名：あきいろ | 作成日時：2022年9月18日 8時
