第百五十五話 ページ6
それだけを言うと、千佳は私を置いて去っていった。
残された私は、まるで暗号めいた去り際の彼女のセリフに首をかしげながら、保健室へと入っていく。
少し頭痛がする。無理がたたったのだろう。だがきっと保健室で眠り、休めばましになるはずだ。
文化祭も大半は楽しめたし、悔いもない。
運よく二つあるベッドはどちらとも空いていて、私は入り口から近いほうのベッドを選んだ。
養護教諭はいない。だが珍しいことでもないので、私は気にせずベッドの中に身を滑り込ませる。平べったく固いマットレスは存外寝心地が悪くなくて。
疲れもあって、私は吸い取られるように眠りに落ちた。
***
「……無防備……」
夢うつつ。ふわふわと彷徨う意識の中で、誰かの声が聞こえた。
それが誰かと考えているうちに少しずつ、少しずつ意識が浮上してきて、私はゆっくりと目を覚ました。
「……やっぱり」
「……ん、悪い、起こしたか」
「先生の声だ……」
「ん?」
「ううん……夢うつつで声が聞こえて、先生の声かな、って思って」
まだ私にしがみつく眠気を振り払うように、私は両手を挙げて目元をこする。
あふれ出てしまう欠伸を手で隠して押し殺し、寝返りをして先生を見上げる。ベッドのそばに所在なさげに立っている彼の姿が面白くて、こいこいと手招きをすれば、彼はぎしりと音を立ててベッドの空いたスペースに腰かける。
「様子見に来てくれたんですか」
「お前結構具合悪そうだったからな」
「少し頭痛かっただけです」
「そうか……今は?」
先生の大きな手が私のこめかみに触れる。
室内にいたせいだろう、冷えているその手はすごく心地よくて。
「もう平気です。少し寝たら治りました」
「……よかった」
離れていきそうな先生の手を、手首をつかむことで阻止する。
まだ、触れられていたかった。
先生は驚きもせず、ふ、と息を吐くように笑ってから私の頭を撫でてくれた。
「今、何時ですか?」
「五時」
「……あとちょっとで文化祭、終わりですね」
「あぁ」
文化祭は七時まで。そのあと後片付けがあって、終わり次第帰れる。
明日は振替休日みたいなものなので休みだ。
「……楽しかった、ですか?」
「ん? あぁ、おかげさまで」
「……よかった」
嬉しくて、嬉しくて、心から湧き出るそんな気持ちに逆らわずに笑う。
そんな私を見て先生は尋ねる。
「お前は?」
「楽しかったですよ」
「本当に? 劇の終盤、何か思い詰めてるようだったけど」
「……」
鋭いな、本当に。
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始まりの神:トワイライト・ジェネシス(プロフ) - ステラさん» うわー嬉しいです!幸せだと言ってもらえることこそが幸せです!本当に励みになります!本当にありがとうございます!! (2022年2月5日 23時) (レス) id: 5d704cea99 (このIDを非表示/違反報告)
ステラ - 面白すぎて最近読み始めたのにもうここまできちゃいました!!!めちゃくちゃドキドキしてます!!素敵なものが読めて幸せです! (2022年2月2日 23時) (レス) id: 3475edfef8 (このIDを非表示/違反報告)
始まりの神:トワイライト・ジェネシス(プロフ) - 彩華さん» ツボ!!!!!うれしい!!!!!!更新遅くて本当に申し訳ございません。励みになります。頑張って更新します〜!! (2021年11月20日 18時) (レス) id: aebfacbb01 (このIDを非表示/違反報告)
始まりの神:トワイライト・ジェネシス(プロフ) - Amamiyaさん» ありがとうございます!亀更新にもほどがありますが、完結させず放置することは絶対ございませんので、たまに覗きにきてやってください…!応援、励みになります! (2021年11月20日 18時) (レス) id: aebfacbb01 (このIDを非表示/違反報告)
彩華 - やばい。ツボすぎます!一気読みしちゃいました!更新頑張ってください! (2021年4月1日 22時) (レス) id: da4daeacca (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:∧∧ネコミミ∧∧ | 作者ホームページ:
作成日時:2019年5月19日 17時