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Scene33 眠り姫 ページ33

カレンダーは8月から次のページに変わり、夏の勢いもすっかり色あせてしまった。消え入りそうな入道雲すらも、その姿を隠した後だった。ただ秋の寂しさだけが足音を立てて近づいてきていた。
アメリカ王者になって2週間、と同時にAが眠りについてから2週間。シュウは前者の実感などまるで湧かず、結局あの日は大会会場にメダルもトロフィーも忘れて帰ってしまった。
シュウは毎日病院に通い続けた。フブキと一緒に行く時もあったし、ばらばらの時もあった。Aの眠る病室には大抵、彼女の父親か母親、あるいはその両方がいた。時間と気持ちに余裕があれば、Aの手術以来病室でひとりきりになっていた梅子のさまざまな経験の話も聞きに行っていた。あまりに毎日通っているので、そのフロアのナースにも顔を覚えられてしまった。また、Aの両親の言伝(ことづて)のためもあって、彼は簡単に病室に通された。
「A…」
シュウはベッドの上に静かに眠るAの顔を眺めた。
今日もシュウはAに会いに来た。この日はひとりだった。病室に来て特に何をするというわけでもない。気がすむまで彼女のそばにいて、今日もAが目覚めなかったことに落胆して帰るだけだった。
シュウは2週間前に持ってきた小さな鉢植えの花に水をやった。可憐な赤い一輪の花だ。別に理由があったわけでもないけれど、あの大会の日の病院の帰り道、花屋の店先に申し訳程度に飾られた花に目が留まったのだった。その花の名前すらもわからないけれど、その色は自分の瞳の色と同じだったし、彼女のそれの色でもあった。まぶたに隠されて見えなくなったその澄んだ赤を、見いだせるような気がしたのだ。
「また花びらが落ちてる……」
花はシュウとAの両親、それから時々ナースの手によって手入れされていた。しかし数日前から花びらが少しずつ落ちていた。たくさんだとわからなかったのに、茶色い土の上で一枚になると、その赤は妙に華やかにくっきりと見えた。
寂しい。
誰もがはっきりとそう言っていた。シュウも、フブキも、落ちた花びらも、病院の階段の手すりも、忙しなく走るアリの行列も。そんな風に、シュウは思った。
自動ドアの事務的な対応にまたかと思いながら、シュウは病院の建物を出た。
頰に受けた風は、いつかのような爽やかさはなく、陰鬱でしめって泣いていた。
細く差す金色の光は、シュウの後ろ姿をなぞって、ほんの一瞬、世界が輝いたその一瞬だけ、痛々しいほどに輝いた。

Scene34 ドア越しの声→←Scene32 いつまでも


ほらほら、あの人から言いたいことがあるみたいですよ☆

シスコ「お前はオレだけ見とけばいいんだよ」


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通行人 - ふと思い出して、久しぶりに来てみました。やはり引き込まれる。 (2019年9月5日 19時) (レス) id: 7f966a9c98 (このIDを非表示/違反報告)
瀬央(プロフ) - 美桜さん» ありがとうございます!少ない脳を振り絞って書いただけありました(笑) トプ画のことまでお気づきとは…さすがです! (2019年2月15日 23時) (レス) id: a6baa0d096 (このIDを非表示/違反報告)
美桜(プロフ) - あと、トプ画ですが、人物を抜いてオーダーされていましたね!そこがとても内容と合っていてさすがだな〜とセンスに感動しています 次作品も楽しみに待っていますね〜^^ (2019年2月15日 22時) (レス) id: 02de3cf915 (このIDを非表示/違反報告)
美桜(プロフ) - 素敵な作品をありがとうございました!!!フブキもシュウも彼等らしい爽やかな感じで、読んでいて温かくなりました^^とても読みやすい文章に文間、ストーリー構成、とても勉強になります!私も瀬央さんを見習って、風景と心理描写をシンクロさせたラストへ進みたいです (2019年2月15日 22時) (レス) id: 02de3cf915 (このIDを非表示/違反報告)
瀬央(プロフ) - みずきさん» そう言ってもらえるととても嬉しいです。ベイバをこよなく愛してるから、学校の作文より本気になって書いてるかもしれません(笑) (2019年2月12日 23時) (レス) id: d89c1d2e97 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:瀬央 | 作者ホームページ:http  
作成日時:2018年11月7日 23時

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