【イナGO】君へ贈る旋律第二楽章【神童拓人】 (ページ37)

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87　追憶の音色ページ37

家には姉がいた。

一方的なトークに適当に相槌を打ちながらご飯を食べ、早々に自室へ引き上げる。

押し入れを開き、下段のダンボールからバイオリンケースを持ち上げる。

バイオリンをやめると決心しても道具一式を捨てられなかったのは、やはり高価だったから。親がせっかく買ってくれたものをゴミ箱に捨てるわけにはいかない。

フルサイズのバイオリン。当時の女子小学生にしては身長が高く、腕も長かった私に、家族は思い切って買ってくれたのだ。

多分、これからもずっと続けるのだろうと思ってくれていたから。私は結果的にその思いを踏みにじったわけだけど。

深呼吸を一つしてからケースの留め具を外し、バイオリンと対面する。

──まさに五年前にしまい込んだまま、そこにあった。

いや……弦や弓毛がやや黄ばんでいる。乾燥剤も何も入れてなかったから、目に見えない部分でも傷んでいるところがあるに違いない。

明日楽器屋に持って行って替えてもらおう。そう思いながらバイオリンを構える。

開放弦──弦をどこも指で押さえずに、弓の端から端まで弾く。

思っていたより大きく響いた音色に、慌てて弓を離す。一応壁に防音シートは貼っているが、この時間帯だと近所迷惑になりかねない。

本体と弓を丁寧にケースに直す。そして出しっぱなしにしていたダンボールを片付けようとして、底にあった写真に目が留まった。

数枚の写真。レッスンの練習風景や発表会の様子が写っている。

その中の一枚には幼い私と神童がいた。笑う神童とは対照的に、私は唇を真一文字に結んだ真顔でカメラを見つめている。

この時にはもう、打ちひしがれていたのだ。大人たちの陰の講評を聞いて、自分と神童の間に横たわるどうしようもない技量の差を自覚させられた。

安っぽい。引き立て役。相応しくない。本当にその通りだ。

私は退いて正解だった。バイオリン自体を辞める必要はなかったのかもしれないけど、弾く気にはなれなかった。

もしあれからも私が神童と共演を続けていたら、今度は却って神童の世間からの評価が落ちただろうから。

なんで神童はあんな必死に頼み込んでまで、私にバイオリンを弾かせたいのだろう。

『勇気づけられた』というあの言葉はまさか本心だというのか？ ──まさか。

考えてもわからない。諦めて目を閉じる。

海馬の底に沈んでいた記憶が、少しずつ浮上してきた。