73 揺らぐ決心 ページ23
最悪のタイミングで突風が吹き、軌道が僅かに逸れる。
ボールの着地点は──今岡。
「……ほらよっ！」
右頬にボールがめり込む。口の中に鉄の味が広がった。
今岡はすぐさまその位置からロングシュートを放ったが、三国さんがキャッチ。
もうラフプレーを隠す素振りもなくなっていた。血の混じった唾を飲み込みながら立ち上がると、
「こんなのおかしいっ！」
天馬がそう叫んだ。握られた拳は震えている。
「ボールは人を痛めつけるためにあるものじゃないんだ！ こんなことしてたら、サッカーだって怒ってる！」
静寂、そして──嘲笑。
大口を開けて腹を抱えて。乾いた笑いが河川敷中に響き渡る。
「おい、聞いたか今の？！ 『サッカーが怒ってる』だってよ！」
「今どき幼稚園児でもそんなこと言わねえよ！」
「くっせえこと口走ってんじゃねえよ白けるだろ！」
脳の毛細血管が線香花火のように、静かにぷつぷつと破裂していく感覚がする。
呼吸が浅くなっていく。痛めつけられて気が変になってしまったのだろうか。
──そもそも、なんでこんなことしているんだっけか。今岡に因縁つけられて神童たちも巻き込んでしまって。そもそも四年前に私が自制できていればこんなことには。
みっともない。情けない。誰にも顔を向けられない。嗚呼駄目だ、足を動かすんだ。早く、早く──
「頑張って、お姉ちゃんたち！」
突如聞こえてきた高い声に、弾かれたように顔を上げる。
さっきフィールドから追いやられた小学生たちが、口々に応援の言葉を投げかけていた。誰に？──私たちに。
「負けないで！ そいつらやっつけて！」
「シュート決めてー！」
「うるせえ！ 外野は引っ込んでろ！」
取り巻きに一喝され、子どもたちは身を縮めた。
今岡は舌打ちをして私たちに向き直る。
「お前らがサッカー大好きなのはわかったからよ──いい加減に点決めさせてくんね？ そろそろ飽きてきたんだわ」
頭に上っていた血が、ゆっくりと全身を巡っていくのを感じる。
そうだ。点を決めればいい。余計なことは考えなくていい。
今しているのは喧嘩でもなんでもなくて、サッカーなのだから。
「私も──いい加減終わりにしたいと思ってた」
あの小学生たちに場所を空けてあげるためにも。過去の自分自身を清算するためにも。
乱れた前髪を鷲掴み、掻き上げる。
「次のワンプレーで決着つける」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 69人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「原作沿い」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
