71 対決の日 ページ21
──今岡との対決の日の朝。
日曜日、奇しくも部活はない。それでも早くに目が覚めてリビングに行ってみると、母さんは仕事の用意をして出かけるところだった。
「A、おはよう。今日は出かけるのよね？ お昼ご飯は昨日作り置きしたやつがあるから──」
「あのさ」
言葉を遮られた母さんは顔を上げる。
その目には私が写っている。寝起きのボサボサ頭に半目の私が。
「私がサッカーチームの上級生殴った時、あったじゃん」
「……ええ」
「あれ、さ。そいつとはそれまでにも色々あったんだけど。殴ったきっかけが、お姉ちゃんを侮辱されたからって言ったら信じる？」
──四年越しの告白だった。
どうせ信じて貰えないと意固地になっていた。言ったところで殴った事実は変わらないと諦めていた。
そんなつまらない自分の意地が、母さんを悲しませていたことにも気づかずに。
頭に心地よい重さを感じた。母さんの手だった。
母さんは──怒るでも落胆するでもなく、笑っていた。いつものように、穏やかに。
「暴力は駄目だけど……悔しかったのね、Aは」
その短い言葉は、私の心の中の一番柔らかいところに優しく着地した。
ずっと自分の周りを覆っていた薄い繭が取り払われた気がした。
「うん」
人から見たら、くだらない理由なのかもしれない。殴るほど激昂することでもないのかもしれない。
でも……否定しないでくれたのが、何故かどうしようもなく嬉しくて。
知らず込み上げてきた涙を隠すために、私は俯いた。
＊
「おーおー、逃げなかったんだなあ。感心感心」
河川敷。今岡たちは時間通りに現れた。
この前一緒にいた取り巻き二人と、大柄な男を一人引き連れて。
「俺の彼女になる準備はちゃんとしてきたのか？ ん？」
「御託はいいから早く始めて」
「おーこわ、しゃーねえな……おいそこの糞ガキ共！ 今から俺たちが試合するからとっとと退け！」
今岡はあろうことか、フィールドで遊んでいた小学生たちを怒鳴って蹴散らし始める。
楽しそうにボールを追いかけていた子たちの表情は一変、逃げるように後ずさった。
「あいつら……！」
拳を握りしめる天馬を制し、私は小学生たちの元へ歩み寄る。
「大丈夫。すぐに終わらせるから」
目線を合わせてそう言うと、小学生たちは涙の滲む顔で、こくりと頷いた。
──ここで終わらせる。片をつけるんだ。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
