314 始めたきっかけ ページ7
真っ暗闇で右も左も分からない。自分が寝ているのか起きているのか、さっきまで何をしていたのかも思い出せない。
だけどしばらくしたら、だんだんと意識がはっきりしてきた。
頬に風を感じる……ここは外。二本の足で立っている。遠くから子供たちの声が聞こえてくる。
五感が徐々に回復し、最後に目を開く。
そこは──河川敷だった。厳密には私は、河川敷近くの陸橋の上にいた。
私、さっきまで住宅街にいたはずじゃ。一瞬でここに来たっていうの？
いや、違う。あいつ──アルファだ。アルファのボールが発した光に包まれて、それで……どうなった？
フィールドでは数人の小学生がサッカーに興じていた。
その傍の道を、まばらな通行人が微笑ましそうに眺めている。
向こうからは小学生くらいの女の子が歩いてきていた。黒髪で紫の瞳の──
「私？！」
目を疑った。小学生の自分姿がそこにはあった。
どこかむっつりとした表情で歩を進めている。背負われた赤いランドセルが、私が歩くのに合わせて揺れていた。
──どうして？ なんでこんな光景を見ているの？ 夢を見ているの？
その時。『タイムワープモード』と発声された無機質なアナウンスが、耳の奥に甦った。
タイムワープ。まさか……ここは過去、なのか。あいつに、過去に連れてこられたというのか。
「理解する必要はない。お前は目の前の現実を、ただ受け止めるだけでいい」
平坦な声。
いつの間にか隣にアルファがいた。驚いて飛び退る。アルファは私に見向きもしなかった。
──サッカーは今から本当に消されてしまうの？
なにがどうなっているのか、理解しきれない。焼け付くような焦燥が胸を焦がしていく。
「あんた、いい加減に……」
その時。私の頭に一つの思い出が閃いた。それは今の今まで微塵も、記憶の中から掘り出されなかったことだった。
私がサッカーを始めたきっかけ。それは、今自分が見ているこの瞬間に生まれたものだったのだ。
音楽の世界では神童にどうやっても適わないと悟り、バイオリンを押し入れの奥に封印した、今から五年前──小学三年生から四年生にかけての頃。
魂の抜けた人形のようになっていた私は、無意識下で逃げ道を探していたのだろう。
サッカーを始めるようになったのは──当時の私が、河川敷で楽しそうにサッカーボールを追いかける一団を見たからだ。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
