337 サッカー禁止令 ページ30
「戻ろっ、か」
「あ、ああ」
ぎこちなく歩き出す。忘れていたけどここはサッカー棟内なのだ。今の声は天馬だろう。
神童の半歩後ろを歩きながら、その顔を盗み見る。もしあのままもう少し距離を詰めていたら、私たちの唇はきっと──
さっきのことを反芻するだけで、心臓がむちゃくちゃに暴れ出す。いや、付き合ってもう二ヶ月くらい経つんだから、タイミング的にも問題はないはず……。
世の中のカップルはこんな、こんな高いハードルを乗り越えていったのだろうか。そう思うと胸の奥がぎゅっとなった。
私は必死に他のことを考えて、気を紛らわせた。真っ赤な顔のままでみんなの前に出たら、きっと心配させてしまうと思ったから。
*
ミーティングルームでは、天馬と信助にもなぜか再会を喜ばれた。
つい昨日顔を見たばかりなのに、どうして心底安心したような表情をしているのだろう。まさか手の込んだドッキリでもあるまい。
一体どうしたのか改めて神童に聞いてみたけど、何も教えてはくれなかった。
その間にも他のメンバーが集まってきたけど、至って普通の様子だった。
訝しく重いながらも練習の準備を進めていると、慌ただしい足音と共にミーティングルームの扉が開いた。
「みなさん大変です! 大変なことになりました!」
誰かと思えばそれは火来校長だった。
手に持ったハンカチでしきりに額の汗を吹いている。校長がわざわざサッカー棟まで来るなんてことは今までほとんどなかっただけに、嫌な予感がした。
「どうしたんですか?」
「政府が今日の国会で、サッカー禁止令を可決したんですよ! サッカーをすることが法律で禁止されてしまったのです!」
静寂の後、場がどよめきに支配される。
一瞬何を言われたのかわからなかったが、理解できたと同時に、ある種の諦観の念が私の胸に流れ込んできた。
──とうとうここまで来たか、と。その思いは多分、他のみんなも抱いたことだろう。
「残念ながら本日をもって、雷門中サッカー部は廃部です……!」
廃部──その二文字が否応なくのしかかってくる。
みんなは何か言いかけたけど、結局口を噤んで拳を握りしめた。
これはこの春、黒の騎士団に部を潰されかけた時の危機とは全く別のものだ。
相手はフィフスセクターではなく、法律……国。逆らった先に待つ未来が暗澹たるものであることは、容易に想像がつく。ただやっぱり、納得はできない。
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作者名:キメラ | 作成日時:2022年11月2日 10時