335 君に会いたくて ページ28
ふわってして、ビュッてした。そこからぐるぐるまわった。
赤ちゃんのころのAを見たり、おとなになったAを見たりしたきがした。
ちがう。わたしが行きたいのは、いまのAのところ。
じかんのながれがめちゃくちゃな気がする。おかしいのはたぶん、じかんじゃなくてわたしなんだろうけど。
さっきはなしかけてくれた……名前がおもいだせない。そのひとたちがやさしくしてくれたから、がんばれた。
さっかーってことばはおぼえてる。さっかー、さっかー。どんなものかはわからないけど、たのしいって言ってた。じゃあたのしいものなんだろう。
あ──いた。A。
よかった、ちゃんと元のところにもどれたんだ。
うしろからちかづいて、Aにぎゅっとする。そしたらわたしはむぎゅっとちっちゃくなって、Aのなかに入った。
これでぜんぶもとどおり。
ねむたくなったから、わたしはねた。Aのむねの中はすごくあったかかった。
＊
竹刀で軽く胸を突かれたような感覚がして、着替えを終えた私は顔を上げた。
この感覚には覚えがあった。いつだったか──そうだ、天馬と信助と神童、そしてマネージャーのみんなと河川敷にいた時に感じたものだ。確かみんながゴッドエデンに向かう数日前のことだった。
まさか悪い病気ではないだろうが、一体何なのだろう。首を捻ったが、とにかく今考えるべきはマネージャー業務のことだ。ドリンクの準備を済ませてしまわなければ。
女子更衣室を出て少し歩いた先にある曲がり角。そこから突然神童が飛び出してきたものだから、あわや正面衝突しそうになってしまった。
「あっ、ごめん」
神童は肩で息をしていた。自主練をしていたのだろうかとも思ったが、服装はユニフォームではなくジャージだった。
そうしてじっと──穴が開くほど私の顔を見つめ始めた。私は咄嗟に言葉が継げなくなる。神童の様子は明らかにいつもと違った。
「どうしたの？ そんなに慌てて」
「A」
耳に心地よい低い声。小さく胸が高鳴った。
神童は二人きりの時、私を下の名前で呼んでくれる。その度に、私と神童は恋人同士なのだと意識して顔が熱くなってしまう。
逆に私が神童を下の名前で呼んだことは数えるほどしかなかった。呼ぼう呼ぼうと思っても、恥ずかしくなって喉の奥でつっかえてしまうのだ。情けない話だった。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
