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326 サッカーボールの行先 ページ19

サッカー。

ついさっき、後輩──松風だったか──に言われた言葉がぐるぐると頭を回っている。

サッカーボールなんて、体育の授業以外では蹴ったことない。それなのにあの子は……『サッカーをするAAを知っている』と確かに言った。

悪戯にしては気迫が凄かった。一体どうしてあんなことを。


夕日を受けながら帰路に着く私は、やがて近道である河川敷のところまで来た。

フィールドでは少年と青年がサッカーに興じている。普段は気にとめないありふれた光景なのに、私は何気なく足を止めてそのプレーを見た。

兄弟だろうか、目元がそっくりな二人は楽しそうにボールを追いかけている。

──あ、弟の方、うちの学校の一年生じゃないか。不良って噂されてる。名前は確か……剣城。サッカー部にいるって噂は聞かなかったけれど。


もし私があんな風に、笑いながらボールを追いかけることができたら。それはそれでとても、楽しそうだと思ってしまった。

──いけない。私の元に今あるのはサッカーボールじゃなくてバイオリンだ。早く帰って次のコンクールの課題曲を練習しないと。

踵を返して歩き出した瞬間。


「危ないっ!」


後ろからそんな声がした。

振り返る間もなく、頭に殴られたような衝撃。視界がチカチカと瞬いた。

声を出すこともできずに頭を押さえてたたらを踏む。遅れて鈍い痛みが襲ってきた。

そうして足元にサッカーボールが転がったのを見て──ああ、これが当たったんだな、と他人事のように思った。


「大丈夫ですか?!」


フィールドから兄弟が駆けてくる。特に弟の方の顔は真っ青だった。


「はい。大したことは」

「その、すみません……」


弟が頭を下げる。私は自分の頭を撫でながら「お気になさらず」と答えた。

──今日はなんだかついてない。そう思いこそすれ、わざとボールを当ててきたわけではないのであろう目の前の人物に怒りを覚える理由はなかった。


突然自販機の方に向かった青年──兄の方は程なくして、手にペットボトルのスポーツドリンクを持って戻ってきた。


「これ、保冷剤代わりにして頭に当ててください。たんこぶになるといけないから」

「いえそんな、逆に悪いです。本当に大丈夫ですから」

「いやいや、受け取って下さい──」


しばらくそうしたいたちごっこが続いたが、埒が明かないので、根負けしてペットボトルを受け取ることにした。

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作者名:キメラ | 作成日時:2022年11月2日 10時

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