君がくれた夏 (yb×in) (ページ6)

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「そういえば薮は夏休み、どっか行かないの？」

「え？」

笑いの波も収まった様子の薮にそう聞くと、きょとんとした顔をされた。

そうだ、こんなことで笑っている場合ではなかった。

俺は、大きな課題を残していた。
正直に言うと、焦っていたのだ。

7月。
ということは、あと2週間ほどすれば夏休みに入ってしまう。

部活動に入っていない俺と薮は、夏休みになってしまえば会うこともなくなるだろう。

「こっちに来て初めての夏だろ？」

薮と出会って2ヶ月。
俺の中を占める薮の存在は、日に日に大きくなるばかりで。

私服の薮も見たいと思っただなんて言ったら、笑われるだろうか。

「ほら、海とか、お祭りとか」

「あー、まあ……」

「水族館もあるし、」

この時の俺は、ただ夏休みになってからも薮に会いたい一心だった。

それになんの嘘もない。

「あ、でも……前住んでた街とか行くの？」

「………っ、」

その事しか頭になくて、薮が抱えていたものなんて見えていなかったんだ。

ピクリと動いた薮の眉に、しまったと思った時はもう遅かった。

「………なあ、」

怒っているようにも、泣いているようにも、見ようによっては笑っているようにも見えるかもしれない。

あの時の薮の顔を、俺は忘れない。

「……伊野尾」

「あ、」

「お前……」

くしゃり、と薮の顔が歪む。
それはまるで薮が今まで必死に外面に貼り付けていたタイルがバラバラと剥がれていくようだった。

「ごめん、おれ」

初めて見た、こんな薮。

俺はきっと、彼の踏み込んではいけないところに土足であがりこんだのだ。

いつもより1段低い声に、心臓はバクバクと音を立てた。

「……いや、ここの問題どうやって解けばいいか分からなくて」

ふふ、と首の後ろに手を当てて薮は笑う。

…………分からない。

「……これ？」

「そうそう、俺、伊野尾みたいに頭良くできてないからさ」

滅多に使わない、荒っぽい二人称の後に続く言葉なんて、俺には分からない。

「……でもいいかもな、どこかに出かけるのも」

シャーペンを握り直してぽそりと呟くその声は、もうすっかりいつものものだった。

やっと掴めると思った薮の本当の気持ちはただの幻で、俺の手の中をいとも容易くすり抜けていくのだ。

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