【派生作品】研修医の苦悩 (ページ1)

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私は孤児だった。まあこの時代ではよくある話だろう。父は初めからいなかったし、母は悪魔として私の目の前に現れ、そして聖職者様に祝福されたんだから。

　その頃の事はよく覚えている。母はいつもと変わらない穏やかな微笑みを浮かべながら、刃物のような爪を私に向けていた。

　玄関には明かりがなくて暗かった。代わりに外はやたらと明るくて、熱かった。燃え盛る外の世界から、響く絶叫と建物が壊れるような音が私の耳を打っていたけれど、それでも母の声が聞こえたのだ。まるで私の心に直接響くかのように。

「カーディ、おいでなさい」

　本当に優しくて、そしていつも通りの声だった。私が外で遊んでいたら、もう晩ご飯だからと呼びかけてくれた時のその声とまったく同じだった。

　私はぼんやりと、母だった者の顔を見つめていた。目の前の出来事に現実感がなかったのだ。けれどやがて、私は立ち上がってふらふらしながら母の元へ歩み寄った。母は私を抱き締めようと、細い腕を広げていた。その行為が何を意味しているかは分かっていた。私は母に抱き締められて、その爪でずたずたに引き裂かれて死ぬのだろう。そして悪魔となって、母と共に哀れな犠牲者を増やしていくのだろう。

　分かっていたけれど、私はそれでも母の近くにいたかった。死ぬ事も悪魔へ堕落する事も怖かったけれど、それ以上に母から離れて一人になる方が怖かった。暗い場所は怖かった。母と共に明るい外へ出たかった。

「お母さん」

　ぽろぽろと涙が溢れる。あと数歩で私は母の元にたどり着いて、そして悪魔へと成る。母は穏やかな笑みのまま、私を待っていた。

　けれど次の瞬間母の顔がぐしゃりと潰れた。

　あまりに突然の事で私は驚いて足を止めてしまった。ぐらりと母の身体が崩れ落ちて、やがて灰のようになって消えていく。

　母の後ろには聖職者様がいた。メイスを片手に鎧を着込んだ、お城の騎士みたいな姿をしていた。

　聖職者様は何か言いながら私の手を取って、担ぎ上げた。何を言っていたのかは分からなかった。それどころじゃなかったから。あんまりにも突然で、私の脳は情報の処理ができなかったから。だからなのか、私はあっさりと意識を失ってしまっていた。