拾弐ノ弐 花が咲いた今日 ページ46
【ただ傍らに居ることが】
『紫陽花_____』
「うむ!綺麗だな」
触れようとした瞬間、酷く聞き慣れた声がした。耳元からだ。嗚呼、この人。もしかすると迚も近くに居るのかもしれない、なんて。
何もすることがない休日。近場の庭園に足を運んだのだ。梅雨の時期だから紫陽花が綺麗に咲いている。朝露もやけに美しく見えた。
だが。同僚が近くに居るなんて思いもしなかった。予想外の展開と、意図も簡単に予想できる距離に身体を強ばらせ、素早く振り返る。
「おはよう、A」
何気無い優しい瞳と慈しむような微笑みが、心に深く刺さった。近さとか関係なくて、ただひたすらに。胸が苦しくなって。だから、もう。
『_____杏寿郎、さん』
「嗚呼」
『おはよう御座います』
「……」
『………?、どうかしましたか』
「いや、その気を悪くしないでほしい」
『はい?』
「朝の挨拶を交わせるのが、こんなにも嬉しいものだと思わなかったから」
真っ赤になった顔を片手で覆い、明後日の方向を向く彼。何時も学校で云っている癖に何なのだろうか。それでも、心が暖まるのは。
この人だからじゃないだろうか。他の誰でもない彼だから。辛そうに悲しそうに此方を見る杏寿郎の幸せではないのだろうけれど。
願わくば。誰よりも幸福な一生を過ごせますように。上手く笑えない自分でも、この人の側では何時だって。笑っていられるんだ。
「可笑しな事を言ってすまない、な」
『私もですよ』
隣に居てくれるだけで、充分なんです。けれどそれは、今の自分に言える資格などない。何故かそう思ってしまう自分がいるのだから。
「Aはどうして此処に?」
『せっかくの休日ですので』
「俺と同じだな!」
『そうですか、驚きました』
「むぅ……、そういう程、全然驚いていないだろう。もう少し反応がほしいな!」
『昔からこうなんです』
「____本当に君は」
言葉を失うように。嗚呼、またそんな顔をした。それが何なのか思い出せないから。こんなにも苦しくなって、呼吸もできないのだ。
金魚のように鰓呼吸が出来たら、どんなに良いか。この想いに溺れないように、真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。自分がしっかりしなきゃ。
『杏寿郎さ_____』
「愛してるから、待ってるから。だから、もう失いたくないのだろうな」
そう呟いた彼。その言の葉すら酸化して。次の瞬間には優しい口付けが時雨のように降ってきた。
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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時