拾弐ノ壱 花が咲いた今日 ページ45
【何処にいらっしゃったか】
夢を見ていたらしい。身を起こした瞬間、ほとんど何を思う間もなく。涙が一粒だけ、頬から零れた。あの人の優しい温もりの余韻。
それを逃がさないように、と己の腕で自分の体を抱き締めた。もうそれが誰だったのかは、思い出せなくなってしまったけれども。
確かに大切な人だったと。何の根拠もなく、思ってしまうのだ。優しくて強くて。意地っ張りで頑固者で。そしてやっぱり愛しくて。
「A、起きたか」
『……父上、おはよう御座います』
「あぁ、おはよう」
襖が開き、父が顔を出した。最近。何故か深く眠りについてしまうらしく、自分で起きられないことが多い。だから父が起こしてくれる。
「今日は縁が作ったからな」
『そうですか。後で御礼を言わなくては』
「Aが居ないと何もできないかったのにな。もう自立も近いんじゃないか?」
『少し寂しくなりますね……』
「はっはっは。まぁ、心配せずとも縁はAが大好きだ。気にせんでも良いだろう」
朗らかに笑った父は、今までも見慣れないスーツを着ている。あぁ、やはり父には着物が似合うなんて。時々、何故かそう思ってしまう。
父の寝間着が着物なのは普通だ。でもそうではなくて、藍色の夜空染みた羽織の着物が良いと思う。父が着ている時等、見たことないのに。
『今日も仕事ですか』
「……すまんな、いつも」
『大丈夫です。私も今日は休みですし』
「縁は友達と遊びに行った。昼餉は友達と食べてくるからいらないそうだ」
『分かりました』
「では、行ってくる。戸締まりを忘れるな」
『行ってらっしゃいませ』
扉が閉まり、パタンと音がして数秒。父が出ていった方を見つめてから、踵を返す。キッチンにはラップで丁寧に止められた朝食。
縁がやってくれたのだろう。目玉焼きとトーストとサラダ。目玉焼きとトーストは縁が作ったものだ。サラダは昨日のあまりだが。
席について寝間着のままそれを頬張る。焼き立てではなくとも、バターが染み込んでいて美味しい。器用にトーストをくわえた。
そして片手でテレビをつける。画面の中のアナウンサーの声が、静かな部屋に木霊した。どうやら先週の大火事が起きた時の話題。
そしてふと、思う。今までの自分なら、こんなに礼儀のなっていないことはしなかった。違和感に首を傾げながら、朝食を食べた。
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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時