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漆ノ弐 かつて大切だったもの ページ31

【誰も彼もが正義の名の元に】


走馬灯、というのだろうか。あまり使わない筋肉を全力で活用したせいで、苦痛が身体を侵す。意識がほんの少しだけ、遠のいた。

「雪村A!素敵な名だな!」



煉獄家の中庭の池で二人。父親たちの宴会から少し離れたところで、鯉の泳ぐ姿をぼんやりと眺めていたときだ。唐突に彼は言った。

「あの時は助かった。ありがとう!」



『……いえ、当然のことです』



「他人の俺に傘を貸してくれた!なかなかできることじゃない」



そんな些細なことを褒めてくれた。それだけが只々、本当に嬉しくて。紅い番傘を受け取り、不器用な笑顔を浮かべた。

笑顔が得意ではないAは、気まずくなり顔を逸らす。所詮、鋼鉄の如く堅い表情。見たところで何かが変わるわけでもない。

『………』



「……Aは」



そっと静かに、振り向く。途端に視界に入った瞳に奪われた。炎のような橙の瞳は、優しげな色を宿して微笑んでいる。

「笑うのが苦手なのか?」



我ながら渋い顔をしたと思う。仕方ないだろう。それは覆らない事実であり、古今東西よくある話だ。表情筋が役に立たないなんて。

『……慣れてないんです』



「むぅ」



『感情を出すことが、不得意でして。これまで友など一度たりともできなかったんです』



「なら、俺がこれから!」



『……え?』



「これから君を笑顔にしよう!」



『え、笑顔に、ですか……?』



「君はとても美しい顔立ちをしている。笑えば、簡単に親友などつくれるだろう!」



だから、とそっと手を差し出された。一瞬、躊躇。そしてそっと、握った。優しく、強く、そして包み込むように握り返される。

「俺が毎日君を、Aを笑顔にしよう!」



『……本当に?』



「うむ、勿論だ!」



『本当に、笑顔にしてくれるの……?』



「よもやよもやだ!約束しよう!」



腕を引かれて立ち上がる。太陽のような笑みにつられてAも微笑んだ。その不器用な笑みは、大輪の花のように美しかった。

幼い頃の約束。それは今でも、無意識のうちに破られることも破ることもなく。ただ続いていっている。毎日、笑顔にしよう。

その通りに、いつも浮かべることはないにしろ。一日に一回は、笑顔になれた。もう、これ以上。得ることはないだろう。









『大好きですよ、杏寿郎さん』



世界一、幸せなのは彼女だ。

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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時

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