陸ノ肆 走れ想うままに ページ29
【暗転】
カンカンココンと、何かとぶつかる音。一つ一つはあまり強くない。けれど速さが尋常ではないほど素早いのだ。汗が弾け飛ぶ。
Aは戦闘とは無縁の生活を送ってきた。だから、殺すという行為には迷いがある。なら、自身を守る為に刃を振るえばいい。
それでもある程度、底上げされただけの能力と体力では限界があった。荒い呼吸が、体の不調を語っている。辛い、苦しい。
『ケホっ……』
咳が喉から零れた。一度零れてしまった咳は止まらない。速い太刀打ち(肉の破片だが)を受け止めながら、口元を手で押さえた。
『あっ…!!』
そしてついに、足が縺れたその時だった。衝撃音と共に、耳が裂けてしまいそうな断末魔。列車が横転していく。宙に浮かぶ感覚。
目眩がするかのように、視界が歪んでいく。何が起きているのかは理解しているのに、何をすればいいかが分からない。
だが、怪我をしてはいけない。それだけが鮮明に浮かび上がる。懐から鞘を抜き取り、刃を納めるだけで精一杯だった。
「A!」
彼の声が聞こえた。Aは目を見張る。ここに彼の姿はない。だが、向こうで見慣れた技を撃っている。それだけが見えた。
もともとAは、目が良かった。その気になれば、高台に登って何千里もの遠い景色の暮らしを覗くことだって可能だった。
だから、気配感知というものに優れていたのだろう。鋭利に研ぎ澄まされた感覚の時、何をしているか手に取るように分かる。
『……杏寿郎さん、私』
目を瞑る。頭を打ち付ける直前、温かいものに包まれた。うっすらと目を見開く。いい香りが鼻孔を擽る。癖のついた赤毛が見えた。
「よもやよもや!無事だろうな、A」
『おかえりなさい』
「あぁ!今、戻ったぞ」
『腕が動かないんです』
「手が痺れているな、刀を使いすぎたろう。しばらく、休め。下弦は倒した」
『……下弦ですか?』
「十二鬼月と呼ばれる鬼の頭領の直々の配下だ。その下級の内の一匹が潜伏していたようでな!」
杏寿郎はAを列車から連れ出し、木の幹に寄りかからせる。そして自身は立ち上がり、そっと彼女の頭を撫でた。
「遠目に見ていたが、竃門少年の出血量が酷い!呼吸の止血法を伝授してくる!」
部下想いの彼に、Aは痺れて動かない手を恨みながら微笑んだ。この手が動けば、せめて触れることができたのに。
『えぇ』
もう一度、Aは瞳を閉じた。
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ユリ(プロフ) - 出来ればでいいんですが、後日談的なものがみたいです (2020年8月26日 18時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - ユリさん» 最後まで読んで下さり、本当にありがとう御座いました。またこの作品に顔を出してもらえると嬉しいです。 (2020年4月7日 21時) (レス) id: 353512f049 (このIDを非表示/違反報告)
ユリ(プロフ) - 完結おめでとうございます。最後まで感動しっぱなしでした (2020年3月2日 11時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
セニオリス - アリスさん» 毎度毎度、遅くて申し訳ないです!!最近、スランプ中でして……。どうにか必死に更新をしたいと思います……!! (2020年2月23日 10時) (レス) id: 9ec8afc8ac (このIDを非表示/違反報告)
アリス - 続きがものすごく気になってそわそわして寝られません。更新頑張ってください (2020年2月21日 22時) (レス) id: ba2a71100d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:セニオリス | 作成日時:2019年7月8日 14時