74：限界まで ページ35
病院に着いた。天はAの居場所を聞こうと受付に向かおうとした。
しかし、廊下の奥に探している人物をみつけて動きを止める。
Aは奥の病室からきょろきょろと外の様子をうかがっていた。いたずらをしようとしている子供のようだった。
天は走ってAのもとに向かう。
「九条さん・・・？ おつかれさまです」
天を見つけたAは、少し驚いたようだが、平然と挨拶をしてきた。
「大丈夫なの？」
明らかに顔色が悪いが、天は呼吸を整えながらAに問いかけた。
横を通り過ぎていく看護師が天とAを見て何やらひそひそと話している。
――しまった。
そこで自分が変装もせずにここまで走ってきたことに気づく。
いつも持ち歩いているマスクを探した。
「倒れたって聞いたけど」
いまさら遅い気もするが、マスクを装備してAを見下ろす。
「もう大丈夫です。仕事があるので、行かないと」
「キミの大丈夫は大丈夫じゃない」
天は強く言い切った。Aの言葉を素直に信じてはいけない。
「ファンのみなさんが、待ってるんです」
それでもAは引かなかった。Aが風邪を引いたとき、天が言った言葉を思い出す。
――『ボクなら這ってでもステージに向かう。ファンのためにね』
Aは天の言ったことを一つ一つしっかり覚えていた。そしてそれを実行している。
最初のころを思うと、Aはだいぶ成長した。挨拶もろくにできなかった礼儀知らずの少女とは違う。
「ファンの前にキミのことを心配する人がいる」
「だって、」
本当に自分は矛盾している、と天は思う。
Aはまだ何か言いたそうだった。言葉を必死で選んでいるのだろう。
彼女の頭はパンク寸前だ。このままではまた倒れてしまう。
「お願い。行かないで」
天がそう言ってAの手を優しくつなぐ。
Aは一瞬その手を振り払おうとしたが、天が力を強めると、おとなしくなった。
そして、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「もう、だめです」
Aはそのまま壊れて消えてしまいそうだった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 178人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：兎田夏
| 作成日時：2017年1月1日 0時
