69：ゼロ距離で ページ30
部屋が真っ暗になる。だれかが走り去っていく足音のあとに、大きな音で扉が閉まった。
窓がないせいで部屋の中は本当に真っ暗で何も見えなかった。視界は黒一色だ。
何事だ、と思った天に、なにかが勢いよく飛び込んできた。
「！」
腰のあたりに抱き着かれて息が止まる。A以外に人はいない。
引き離さそうとしたが、何も見えないため、どこを触っていいかがわからない。
Aは天に抱き着いたままぴくりとも動かなかった。
「こわいの？」
少し笑いながら聞くと、Aは腕の力を強めた。
「こわくないです」
――うそつき。
くぐもって聞き取りにくいが、下のほうから声がする。
強がっているのだろうか。こわいと言ったり、こわくないと言ったり、忙しい子だ。
天も人のことは言えないが。
「かくれんぼでもしてるの」
意地悪な言い方だった。
走り去っていった足音のあとに、何人かの笑い声が外から聞こえていた。
「ここで待ってるって、言われて」
だれが待っているのかは知らないけれど、Aのすぐ人を信じるところをなんとかしないといけないな、と天は思った。
衣装部屋に用があって来たのはいいが、こんなことに巻き込まれるとは思っていなかった。
でも、巻き込まれてよかったのかもしれない。Aがもし一人だったらと考えると、こわくなった。
――いつもそばにいたらいいのに。
たとえば声を聞きたいときにすぐAの声が聞けたら。
「あ」
そうだ。スマホがある。画面をつければ明かりがついて部屋の中が見えるはずだ。
なぜすぐに気が付かなかったのだろう。ポケットに手を入れた。
しかし、そこで天は動きを止める。ここで明かりをつけたらきっとAは離れていく。もうこの距離で一緒にいられることはないかもしれない。一番近い場所にいた。
天は気を付けて、そっとAの背中に手を回す。そのままぎゅっと抱きしめる。
「九条さん・・・？」
もう自分がおかしくなっていることはよくわかっていた。
何度も否定したのに、この感情は消えなかった。
Aが震えている。暗闇を我慢している。
天に怯えているわけではない。その自信があった。
「大丈夫。落ち着いて」
一番落ち着いていないのは天のほうだったが、Aが「はい」と答えたのを確認して、抱きしめる力を緩めた。暗闇からでてもAはどこにも行かない。行かせはしない。
天はポケットに手をのばした。
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作者名：兎田夏
| 作成日時：2017年1月1日 0時
