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母は身寄りがなかったため、先祖代々の墓には入れられなかった。
彫られた名字が禪院でないのは、母の遺言に従ったから。
墓に水をかける。
目を瞑り、手を合わせる。
瞼の内側から、鮮明に思い出される、あの頃に日々。
私の母は、気が弱かった。
血筋以外何も持たない、酒狂い、ギャンブル狂いの父に、いつも怯えていた。
娘の私にも、『あの人を怒らせないで』とばかり言っていた。
金に困った父が、禪院家本家に私を売ろうとしたときも、母は止めなかった。
ただただ泣いていた。
その涙は、娘を哀れに思う気持ちからなのか、無力な自分を責める思いからなのか、私にはよく分からなかった。
禪院家に売られた後、私は必死に頭を使った。
任された雑用は完璧にこなし、奥方や女中から気に入られるようにした。
宴会では、全ての男性の好みや癖などを頭に叩き込んだ。
1日中気を張り、1日中何かを我慢する。
気づくとそれも、苦ではなくなった。
悪女と呼ばれても、特に何も思わなかった。
私は、私の目的を達成し続けていた。
母からは、月に一度、手紙が届いていた。
文面は私を気遣う言葉ばかりで、最後には必ず『ごめんなさい』と書かれていた。
謝るだけで、迎えには来ないのね、と心の中で呟いた。
母が死んだのは、14歳の夏だった。
死因は心筋梗塞。
乱暴する父から逃げる途中で倒れたらしい。
弁護士を通して遺書を受け取った。
父から隠していた僅かな貯金が、私に譲られた。
そして、文の最後。
できることなら、小さな墓を立ててほしい。
名字は旧姓にしてほしい。
そんなことが書かれていた。
思えば、母からは、父を怒らせるな以外、頼みらしい頼みをされたことはなかった。
気が弱過ぎて、誰も頼れなかったのか。
それでも、勝手な人だと思った。
私を捨てておいて、墓を建ててほしいだなんて。
死んだ後に、私に縋るなんて。
父は禪院家から完全に切り捨てられ、路頭に迷い、今は行方不明らしい。
自分に価値のないことは、調べる気にならない。
「さようなら。_______________母さん」
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zyunri(プロフ) - こはさん» コメントありがとうございます!更新まで、もう少しだけ待っていてください!頑張ります! (2023年4月20日 20時) (レス) id: 8124b8ac06 (このIDを非表示/違反報告)
こは - 更新楽しみにして待っときます (2023年4月8日 11時) (レス) @page44 id: b559896119 (このIDを非表示/違反報告)
うおまわり(プロフ) - zyunriさん» はい!楽しみに待ってます(*´︶`*) (2023年3月29日 15時) (レス) id: 13372335d3 (このIDを非表示/違反報告)
zyunri(プロフ) - うおまわりさん» コメントありがとうございます!大好き……嬉しすぎて泣いてしまいます……!続編もお楽しみに (2023年3月29日 14時) (レス) id: 8124b8ac06 (このIDを非表示/違反報告)
うおまわり(プロフ) - めっちゃんこ大好き… (2023年3月29日 12時) (レス) id: 13372335d3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:zyunri | 作成日時:2022年9月9日 15時