あふれてしまう、そのまえに。〜7〜

これが私の夢だから。 ページ6

朝の9時前。


母に連れられひとりの少女が訪れる。


「よろしくお願いします。ほら、カナコ、ご挨拶。」


頭を下げる母を尻目に、ぷいとそっぽを向く少女。


「すみません、もうっ、この子は。」


「こちらこそ今日はよろしくお願いします。カナコちゃん、上で着付けしてもらおうか！」


店長に連れられ2階に上がる姿を見送る。


今日は美容院のバイトの日。
七五三のメイクを担当させてもらうのだ。

お客様は7歳の女の子。今しがたAの前をむすっとした表情で通り過ぎた彼女である。


9月にさしかかって、まだ夏の空気と秋の気配が混ざり合う頃。


11月に行うと人が多い為か、今は早めに前撮りを済ませる家も多く、今日はその前撮りの日。


「ずっと機嫌が悪いんです。着物なんて着たくないって。…私も、私の母も着た着物なんですが…」


母親がため息混じりに言う。



暫くすると、黒に裾が淡いグリーンで染めた着物を着たカナコちゃんが女性スタッフに手を引かれ降りてきた。


流行りの赤やピンクや水色では無く、人目を惹くエレガントなこの着物は強い眼差しの少女にぴったりだった。



「カナコちゃん、神崎Aです。今日はよろしくお願いします。」


挨拶をすると、きっと睨むように見つめられる。

グリーンのカンザシを飾りセットされた日本髪。


ベージュの椅子に座ってもらい、くるりと鏡に向けると鏡の中の少女は自分の姿を見ようとしない。

柔らかい手付きでベースメイクを施していく間も、視線は伏せられたまま。


「カナコちゃん、何色が好き？」


Aの問いかけに「…なんで。」と呟きを返される。


「カナコちゃんの好きな色をのせたいな。」


Aは目の前にグラデーションに並ぶアイシャドウを広げる。


「ここに無い色も作れるからね。」

Aは手の甲にオレンジとピンクを重ねて
その横に朱色と水色を混ぜた。


「わたし、こういう色がいい。」

指差した先には淡い紫。

「うん。似合うと思う。よし決定。」


カナコちゃんは「え？いいの？」と初めて顔を上げたから鏡越しにしっかり目が合う。

もちろん、とAが頷く。


「この着物に、この色、あうの？」


「合わせるから大丈夫。見ててね。」


瞼にのせる前に、紫に少しパールがかった白を混ぜる。


淡くした紫は着物の黒やグリーンと喧嘩しない。


「カナコちゃん、紫好きなの？」

聞くと

「着物も、紫がよかった。でも言えないし。」
呟く語尾はぎりぎり聞こえた。
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