3.勉強って何でしないといけないんですか？ ページ21
「正直な話していいですか」
ここは、とある教育場の職員寮の一室。部屋の主である教員は、新しい缶ビールを開けながら「ん」と肯定の意を示した。
「『勉強って何の意味があるの？』って……問いかけの形をとった、ただの言い訳ですよね。やらないための」
客として招かれているのは、今年チューターとして教育場に派遣されたばかりのカブラギカンジである。教員志望の予備隊員は、教員のサポートから子供の遊び相手と、雑務はなんでもこなすチューターからキャリアを積んでいく必要がある。未だ十代の彼らは、子供にとって身近な分親しまれやすく、また舐められやすい。
「教員になれば、そんなことを聞かれるのは日常茶飯事だよ。君は聞かなかったのかい？」
この教員はカンジの直属の先輩だった。先輩の問いかけに、特に、とカンジは首をひねった。
「ははは。まあ予備隊員なんか、基本的に『生まれてこの方大人に迷惑かけたことありません！』みたいな優等生ばかりだからね。そりゃそうか」
でも、と先輩は一度言葉を切った。缶の中身を一気に半分流し込み、大きくため息をついて音を立てながら缶をテーブルの上に戻す。そしてカンジに向き直った。
「私たちが相手にしなきゃいけないのは全ての子供だ。どの子供も取りこぼしちゃいけない。それに私たちは、子供たちの貴重な時間を頂いて授業をやってる。やることの意味くらいきちんと説明できなきゃ、だろう？」
それはそうですけど、とカンジは手元のグラスに視線を落とした。理想は理想。立派なもの。でも、理想の輝きは現実の薄暗さと並べると、時折白々しく見える。
「……ちなみに、先生は何て答えるんです？」
空にしたグラスで手遊びをしながらカンジが言った。私かい？ 先輩の手の中の缶がぐしゃりと潰れる。先ほどまで部屋を映していた銀色の缶。今はただの金属の塊。
「受け売りする気だろう？ 一度自分で考えてごらん。君の答えを聞いたら、私も教えてあげる」
先輩はそのまま袋に向かってそれを放り投げた。ホールインワンだった。
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