愛の歌、希望の歌、夢想の歌 ページ6
「わ」
風が吹いたわけでもないのに、不意に桜の花弁が落ちてきた。ばたたたた、という音と共に――不思議に思って視線を上げると、ちょうどスズメが隣の枝へ移動したところだった。さっきの花弁はこれが原因らしい。飛び立った拍子に、もう引っかかっているだけだった花弁を落としていったらしい。
通りはもう桜並木とは呼べなかった。新緑はまだまぶしい、と言うほどではないけれど、柔らかな緑色が目立つ。空は晴れているが、少し空気は湿っぽい。背景に見える山には、ぼんやりと霞がかかっている。
さて、そんな通りをロスティスラーフは鼻歌交じりに歩いている。数か月前に依頼された手紙の宛先が判明し、今日無事届けることができたのだ。しろくまのゆうびんやさん。届かない手紙を届ける郵便局。手順としてはまず、依頼人から手紙と宛先についての情報を預かる。次に、預かった情報を基に宛先の人物がどこにいるのかを探す。そして、見つかったらその手紙を届ける。
いわば、郵便屋と探偵所を兼ねたような仕事なのだ。ロスティスラーフは、最後の行程が一番好きだった。いろんな人と会うのは楽しいし――手紙を受け取った人の表情は、やっぱり特別なのだ。どんなプレゼントを渡された時とも違う、と思う。なぜだか、手紙は特別だった。
日なたが多かったから、ロスティスラーフは公園を突っ切って進むことにした。ぽつりぽつりと置かれたベンチは、誰か座っていたり、空席だったり。風が吹く。柔らかく音を立てて揺れる若葉と、音一つ立てずに落ちていく花びら。もはや、桜吹雪ができるほど残ってはいないようだ。
だから彼は、すれ違うその人の気配をはっきりと捉えることができた。
通り過ぎようとしたその人の前で、彼は立ち止まった。ベンチに座る彼女も、不意に視界に差した影を不審に思ったのか、視線を上げる。目が合う。先に口を開いたのは、ロスティスラーフだった。
「……日芽姉？」
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