あなたの言葉借り考える・下 ページ15
そうしてロスティスラーフが駆け足でたどり着いたのは、少し冷たい雰囲気のあるドアだった。一度離れて、息を整える。扉の先に汗びっしょりでぜえぜえしている人がいたらだれでもびっくりするだろう。それに、働く人はセイケツカンが大事、らしい。
三回ほど深呼吸をしたら息は整った。足元に水たまりがある。そこに自分の顔を映して――頬に手を当てて「きゅっ」と口角を上げた。うん、大丈夫。ある気がする。セイケツカン。
呼び鈴はなかった。手の関節で三回ノックをして、「ゆうびんでーす」と声をかける。返事はない。少し待ってみる。誰もいないのかもしれない。中途半端な時間だし、つい行っちゃったのは間違いだったかも。次に返事がなかったらまた別日にしよう。そのときに日芽姉がいたらちょっとだけ気まずいけど。そんなことを考えながら、もう一回ドアをノックした。
「ゆうびん」
「何も頼んだ覚えないんですが」
扉が開いた。正直諦めかけていたロスティスラーフはびっくり、手はノックしていた時の形のまま。出てきたのは、ロスティスラーフより少し年上の男だった。けれど向こうも、扉の先にいたロスティスラーフが思ったより大きかったためか、一瞬面食らった表情になる。
「えーっと、日芽姉からのお願いで来ました！」
「日芽から？」
質問に対して反射で返したロスティスラーフに、目の前の人物の眉間の皺はますます深くなる。不機嫌だからなのか、右の耳を引っ搔いている。
そうだった、とここでロスティスラーフは思い出した。配達員とお客さんは、基本的に常に初対面。仕事の時ははっきりと、明るく、誰にでも分かるように。
「あーっごめんなさい！ やり直します！ えっと、まず俺はこういう者です」
差し出したチラシは受け取ってくれた。文字が読めるらしい。視線がさっと紙の上を走っていく。その様子を見ながら、じゃあ協会の人だったのかな、とロスティスラーフは思い出そうとしてみる。が、一向に合致する人が現れない。じゃあ違うのかもしれない。
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