安室透にデコチューされるところから始まる話

７４【一般人になりきれない女性の独白】 ページ35

その後、一言二言、言葉を交わして安室さんは帰っていった。

お互いに気まずくなって、いたたまれなくなって、随分と塩が効いた対応だったような気がする。
熱のせいか、なんだかあまり覚えてないけど。


『次に会うのが、怖くなっちゃったな……』


自分の軽率な発言のせいで今の関係が壊れてしまいそうだなんて、今までの私なら多分あまり考えなかったのにね。

だって、安室さんとの関係は、あくまて“喫茶店員と客”なのだから。

たとえ、私達の関係が悪くなってしまったとしても、安室さんは腐っても喫茶店員だ。プライベートならまだしも、客である私に蔑ろな対応はできない。

それで十分だ。十分である。プライベートな時間まで彼と楽しい時間を共有してしまったら、私は彼から離れ難くなってしまう。

安室さんともっと一緒に過ごして、好きなもの、嫌いなものは何だろうとか、幸せな時はどういう風に笑うのだろうとか、苦しい時はそばにいて支えてあげたいとか……そんな、キラキラと輝くような時間を共にしたいなんて、私は願ってはいけないことなのだ。

私は真っ黒な組織とあの男に追われている。命さえ狙われている。そんな女の恋人として安室さんがいていいはずがない。危険すぎる。

安室さんにお似合いなのは、もっとお淑やかで優しくて、口が悪くなくて素直で、可愛くて美人で、何の危険にも脅かされていない一般人の女性だと思う。…………本当は私が彼の隣にいたいけれど。

でも、こんな私の隣にいたら、安室さんの命まで狙われてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。それをするくらいなら、私が彼から離れる方がよっぽどいい。恋人にならない方がずっといい。辛くてもそれが一番いい最善の方法だと思っている。

だから私は、安室さんとは “付き合えない” と言ったのだ。たとえ、どれだけ私と安室さんが仲が良いように見えても、恋人同士に見えようとも、“付き合っていない”。

この事実さえあれば、私と彼の関係を追求されようとも、喫茶店員と常連客としか言いようがない。この関係は言うまでもなく、恋人よりはるかに浅い。

例の組織や男だって暇ではないだろう。恋人でない、どこにでもあるようなそんな浅い関係の人間にまで手を下していたら、時間がいくらあっても足りないはずだ。


それで安室さんと私の心を守るつもりだった。

そう、守るつもりだったのに……。

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