PARACAGE 8th【ars】 (ページ29)

今日:9 hit、昨日:8 hit、合計:1,125,262 hit

274.薄暗い廊下。ページ29

帰ると、当然だけど家の電気は消えていた。

シンと静まり返った玄関。
私はリビングの方へは行かずに、階段を上がった。

突き当りにある窓から入ってくる月明かりだけの、薄暗い廊下。
自分の部屋へと歩いて行く途中、鶯色のドアの前で立ち止まる。

「.....」

そのドアにそっと触れると、それがスイッチだったみたいに涙が溢れた。
膝から力が抜けて、廊下にペタンと座り込んでしまう。

油断すると嗚咽が漏れそうだったから、口を手の甲で押さえる。
それでも耳の奥には自分の泣き声が響いて、情けなくなった。

その時、背後でドアが開く音がして

「何してんの」

見上げると、潤くんが私を見下ろしていた。

「あっ...ごめっ...！トイレ？1階行く？邪魔だよね、ごめんごめん！」

慌てて立ち上がろうとすると、潤くんがストンとしゃがんだ。
暗くてよく見えないけど、視線が合ったのは分かる。
眼鏡かけてるから、もう寝るとこだったはず。
もしかしたら、寝てたのかもしれない。

「何、泣いてんの」

彼は面倒臭そうに、私の左目の下をぐぃっと親指で拭く。ちょっと痛い。

「...あの...、もう大丈夫だから！ごめんね、ホント。こんな夜中に...迷惑だよねー、アハハ...」
「愛想笑い下手か」

また言われた...。
それでも、私の喉はアハって笑おうとする。
あんなに溜息ばっかり零してたくせに。

「Aはさぁ、今2つの選択肢があるワケ」
「...え？」

今度は右目の下をぐいぐい拭きながら、潤くんが話し始めた。痛い。

「1つは、雅紀をずーっと信じ続けてアイツの傍に居る」
「.....」
「こんなに泣いててもね」
「.....」
「で、もう1つはキッパリ雅紀からは離れる」
「.....」
「こんなに泣くんだから」

目が慣れてきて、薄暗い廊下で潤くんの表情が見えて来た。
怒ってるかと思ってたけど、彼は困ったように眉を下げていた。

「なぁ...疲れないの？」

疲れてるのかもしれない。
でもそれももう、よく分からない。

「見てる俺の方が疲れるよ、お前」

ハァッて、潤くんが息を吐き出す。

「そんなAに、もう1つ選択肢があるんだけど」
「...もう1つ...？」
「うん。もう1つ」
「.....」
「もう1つは...」

遠くで、救急車のサイレンが聴こえた。
そのサイレンに反応して、犬が鳴いてる。

「俺んとこに来る」

私だけに聴こえる潤くんの小さな声は

「もう俺にしとく、ってゆー選択肢」

少し掠れていて、初めて聴く声だった。