捌拾弐 ページ40
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「―――ねえ、本当にあなた一人で大丈夫なの?」
「榊山とは、父さんたちが話を……」
『心配してくれてありがとう。でも大丈夫。じゃあ、いってきます。』
義勇さんと連れ立ち、私は家を出る。
両親への結婚の挨拶から数日後。
……今日は、宗介さんと話し合いを行う日。
あの後、話し合いの場を設けたいと榊山家へ願い出ると、早々に日にちの提案が返された。とんとん拍子で話は進み、ようやく今日がやってきた。
両家とも親は口を出さず、話し合いは当人に任せる。その約束をもとに、今日、私と宗介さんは話し合いをする。私から言うことは、たった一つ。縁談は破談のまま。それだけだ。
「……ご両親から聞いた。」
私の左側に立つ義勇さんが小さく呟く。……彼の瞳が私の右手の方を見つめた。
「榊山宗介は……少し、頭に血が上りやすいと。鬼に襲われる前、お前はその青年と口論になっていたんだろう。」
『……』
「本当に、大丈夫なのか。」
彼の瞳が揺らいでいる。
義勇さんにそう言われてしまっては、少し自信はない。両親に大丈夫と言った手前、彼にも同じことを言うべきなのは分かっていた。
義勇さんの揺れる瞳に、私の心も揺れてしまう。
『大丈夫です。少し不安ではありますけど。』
「……何かあればすぐに呼べ。」
『はい。』
町の中では一等大きな屋敷の前にたどり着く。表で待っていた榊山家の使用人に会釈をし、私は義勇さんのそばを離れる。ここから先は一人で行かないといけない。
『それでは。』
「あぁ。」
使用人に連れられ、私は榊山の敷地へと足を踏み入れた。
◇◇◇
大きな座敷に通されると、そこには既に宗介さんの姿があった。彼に促され、私は彼の前に腰を下ろす。机を挟んだ向こう側、その距離がどうしてか遠く感じた。
「久しぶり……だね。怪我の具合はどう?」
『随分と良くなりました。宗介さんも、足の怪我は大丈夫でしたか?』
「ああ、うん……日常生活に支障はないよ。このまま良くなれば、痕も残らないだろうって。」
沈黙。
お互いに、お互いの言葉を待っている。宗介さんはなにか言いたそうに口を開いては、すぐに閉じて。それを数回繰り返し、ついには口を噤んでしまう。
『あの、宗介さん。』
「……分かってる。縁談のこと、だよね。」
小さくなっていく彼の影。憔悴した宗介さんの顔に、私の心が少し痛んだ。
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三月の専属ストーカーなつめみく - ギユウシャンの不器用な感じがめちゃスキィッ (2023年10月11日 10時) (レス) @page23 id: ba14ff85c6 (このIDを非表示/違反報告)
Kk - 更新再開ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2023年8月21日 9時) (レス) id: 51f0cf609d (このIDを非表示/違反報告)
香恋 - 夢主ちゃんの心がとても強いのが印象的です。義勇さんと幸せになって欲しいですが、不穏な空気ですね…義勇さん幸せになって欲しいです。。義勇さんの律儀で真面目で美しい雰囲気にピッタリの作品ですね。素敵な作品ありがとうございます。 (2023年6月25日 23時) (レス) id: da7568f49d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:小鳥遊 | 作成日時:2023年6月20日 0時