― 苦悩 ― ページ1
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――藤宮棗の苦悩――
「お姉ちゃん」
『なぁに?
「大きくなったら、紫乃の病気、治るかなあ。」
『……治るよ、きっと。』
布団の中で顔を真っ赤にさせた少女……藤宮 紫乃が棗の方を仰ぎ見る。
少女は棗の妹だった。
真っ白な肌に紅潮した頬が目立ち、紫乃は時折苦しそうに咳をする。棗は少女の額にのっていた濡れた手巾をそっと取り、新しいものと交換すると優しく紫乃の頭を撫でる。
「紫乃のお咳、うるさくてごめんね……」
『大丈夫よ、紫乃。気にしないで。』
舌足らずで、年端もいかない紫乃は姉である棗のことが大好きだった。棗もそれは同じ。
調子がいい時、紫乃は棗の後ろをついて歩き、ままごとをしたり、折り紙やお手玉をして共に遊んでいた。
しかしそんな日は稀で、普段は布団の中で寝て過ごす日の方が多かった。傍を離れるとか細い声で紫乃が名前を呼ぶものだから、棗は片時も彼女のそばを離れない。
きっと、どこかで気づいていた。
紫乃も、棗も、両親も。家族四人揃って過ごせる日々はそう長くないと。
「紫乃ね、明日元気だったら、お姉ちゃんとお外に散歩しに行きたいなぁ」
『そうね、お姉ちゃんがお弁当作ってあげるから。明日のために今日はもう寝ようね』
「うん、“約束”ね、お姉ちゃん」
掠れた寝息が聞こえ始め、棗は静かに涙を零した。紫乃が可哀想で仕方がなかった。
苦しそうな妹を助けてあげられない。
私が代わってあげたい。
私に出来ることは、紫乃の頭を優しく撫でてあげるだけ。
―――――――
――――
――
「紫乃ッ……紫乃……!」
「母さん、落ち着くんだ」
目の前の光景は現実だろうか。
棗は目を疑った。けれどすぐに理解する。
穏やかな顔で布団の中で眠る紫乃がもう目覚めることはないと。
寝る間も惜しみ、父と母は全力を尽くした。けれど、紫乃の命は二人の手からこぼれ落ちた。
仕方がないことだ。今更喚いても何も変わらないことを、棗は分かっていた。
その中で唯一救いがあるとするならば、紫乃が今までで一番穏やかな表情をしている事だろうか。
苦しみながら死んでいかなかったことだろうか。
(ああ、だけど……)
―――あなたを助けられなかった不甲斐ない姉を許して。
棗は、もう二度と目覚めることのない紫乃の枕元に縋り付くしかなかった。
夜明けに白んだ空に、月が淡く光っていた。
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三月の専属ストーカーなつめみく - ギユウシャンの不器用な感じがめちゃスキィッ (2023年10月11日 10時) (レス) @page23 id: ba14ff85c6 (このIDを非表示/違反報告)
Kk - 更新再開ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2023年8月21日 9時) (レス) id: 51f0cf609d (このIDを非表示/違反報告)
香恋 - 夢主ちゃんの心がとても強いのが印象的です。義勇さんと幸せになって欲しいですが、不穏な空気ですね…義勇さん幸せになって欲しいです。。義勇さんの律儀で真面目で美しい雰囲気にピッタリの作品ですね。素敵な作品ありがとうございます。 (2023年6月25日 23時) (レス) id: da7568f49d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:小鳥遊 | 作成日時:2023年6月20日 0時