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「君が、烏丸Aさん?」
窓際に置かれた、一昔前の病院を思わせるパイプベッド。
そう呼ぶべきか悩まれる程薄いマットレスの上に、彼女は座っていた。
扉を閉めようと、近付こうと、全く動こうとしない。まるで人形のようにそこに座らされているようだった。
野坂は静かに、病室とはいえあまりにも質素なその部屋を見回した。
使われていない古びたベッド、小さな棚、レールからフックが外れてしまっている薄汚れた分厚いカーテン。
彼女が一日の殆どをそこで過ごすのであろうものも含め、部屋にあるベッドの骨組みは、年季の入った表面の塗装が浮いて割れ重力に負け剥がれ落ちている。
今日の掃除をまだ終えていないと仮定したとしても、無惨に広がる白い破片は病室に似つかわしくない。
空いた窓から吹き込んだ風が、日焼けしたレースのカーテンを揺らす。塗装だったものが床の上でヒラヒラと小さく舞った。
野坂はその光景を見下ろし、弱々しいその破片たちを朝磨いたばかりの革靴で踏み潰した。
パリパリと、無力な音には気も留めない。野坂は視線を上げるなり、上体を屈め目の前の少女に微笑みかけた。
「君を迎えに来たよ」
十分に日を浴びていない青白い肌。外界からの明かりを反射して輝く、何の意思も示さない色素の薄い瞳。
あまり外気に触れていないからか、櫛を通したばかりのように艶のある桜色の髪に、陽光が美しい輪を描く。
「僕の名前は分かる?」
「…」
「…僕は野坂悠馬」
担当医と名乗る医者からは失声症であると聞かされていた。そしてその報告通り、野坂が何を言っても彼女は少しも声を発さなかった。
静寂しか返って来ないことに対しては、特に何も感じはしなかった。しかし、思いもよらず過去の記憶が映像として目の前に浮かび上がる。
『ゆうまくん』
__君はもう、そう呼んではくれないんだね。
「アレスの天秤システムで後遺症を負った被験者達全員に、支援金を送ることが出来たと思っていたんだけど」
野坂は真っ直ぐに野坂へ向けられた視線を受け止め、小さく呟いた。実際、その視線の終着点が野坂であったのかどうかは分からないが。
「色々な事象が重なって、君は無いものとして認識されて…いや、むしろ君という存在は、誰にも認識されていなかった」
それもこれも、原因は彼女の家系にあると考えて間違いはなかった。
ラッキーカラー
あずきいろ
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かなり - 私、輝さんの小説が大好きでいつも読み返していて、勇気をもらっています!これからも体に気をつけて頑張って下さい!応援しています! (2020年4月26日 20時) (レス) id: 698341d95b (このIDを非表示/違反報告)
輝(プロフ) - かなりさん» 沢山のコメントありがとうございます!本当に励みになります(*^^*)かなりさんも、どうか体調にお気をつけて過ごしてください。 (2020年4月26日 18時) (レス) id: c19a41cb32 (このIDを非表示/違反報告)
かなり - この小説は、私を感動させてくれる小説です!この小説を作ってくれてありがとうござます!これからも体に気をつけて頑張って下さい!応援しています ! (2020年4月20日 11時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - もお、続きが気になり、この後の展開が気になり過ぎて、ドキドキしながら読んでいます !(≧∀≦)これからも、体には気をつけて、頑張って下さい!応援しています。! (2020年4月14日 21時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - コメントありがとうございます。これからも頑張ってください (2020年4月10日 14時) (レス) id: dd5b3632db (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:輝 | 作成日時:2019年8月8日 23時