第八章 テイコウ ページ39
「彼女の父親と面会?」
野坂の急な話題に、西蔭は言葉を繰り返した。野坂の出掛け先からの帰宅が遅いことを心配していたが、いざ帰ってきて彼は開口一番に、余りにも突飛な話を投げたのである。
烏丸財閥の現首との面会。都内にある系列企業の本社に、彼の執務室兼応接室が置かれているという。
「明後日ですか」
「あぁ。直接連絡を取って話ができる場も設けて貰った。準備は整っている」
野坂はいつにも増して冷めた顔で彼のデスクに着いた。その手には箸と、西蔭が夕飯として調達してきたテイクアウトの弁当があった。
「しかし、向こうもよくこちらの話に乗ってきましたね」
「最初は秘書も怪訝な様子だったけど、僕の名前を本人に伝えた途端電話の向こうが少し騒がしくなってね。保留音の後相手が変わったんだ」
「トップと直接話をしたんですか?」
「うん。電話口では話の分かる人だったよ。トントン拍子で話が進んだ」
西蔭はベッドに腰掛けながら野坂が食事を進めるのを見ていた。プラスチック製の容器に落ちる視線は、どこか遠くを見つめているように見える。
「彼女は父親の元に行くことを拒んだのですか」
「いや」
「え…」
「退院したら父親の元に行くとだけ言われた。父親が今日面会に来ていたことも、担当の看護師さんから聞いて初めて知った」
刺のある言い方だった。まるで彼女を責めるような表現だったが、それは野坂の動揺を表しているのだろう。
ようやっと自分の感情に整理がつき、前を向いた途端彼女が遠く離れていったのだ。どうしてこうも現実は残酷なのか。野坂は細く溜め息を吐く。
「僕は単に、彼がどういう気で烏丸さんを引き取るなんて言うのかを確かめに行くだけだ。別に端から否定したい訳じゃない」
「ですが貴方は彼らの元に彼女を返す気は無いと…」
「現時点で、彼女がその選択を受け入れている」
西蔭は口を閉じる。野坂も一瞬息を吐いて、勢いのある口調を抑え込んで続けた。
「彼女の選んだ道を奪う権利なんて、僕には無い」
野坂の言葉には重みがあった。彼の感情の全てが吐き出されたような声色だった。
人間味のある葛藤を抱える彼は、西蔭の目に今までより鮮やかに映る。
「でももし、彼がまた自己利益の為に烏丸さんを利用するのなら」
自己犠牲に身を裂いていた彼は、確実に自分自身を形作り始めていた。
「僕は絶対に、彼女を彼の元に送り出したりはしない」
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かなり - 私、輝さんの小説が大好きでいつも読み返していて、勇気をもらっています!これからも体に気をつけて頑張って下さい!応援しています! (2020年4月26日 20時) (レス) id: 698341d95b (このIDを非表示/違反報告)
輝(プロフ) - かなりさん» 沢山のコメントありがとうございます!本当に励みになります(*^^*)かなりさんも、どうか体調にお気をつけて過ごしてください。 (2020年4月26日 18時) (レス) id: c19a41cb32 (このIDを非表示/違反報告)
かなり - この小説は、私を感動させてくれる小説です!この小説を作ってくれてありがとうござます!これからも体に気をつけて頑張って下さい!応援しています ! (2020年4月20日 11時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - もお、続きが気になり、この後の展開が気になり過ぎて、ドキドキしながら読んでいます !(≧∀≦)これからも、体には気をつけて、頑張って下さい!応援しています。! (2020年4月14日 21時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - コメントありがとうございます。これからも頑張ってください (2020年4月10日 14時) (レス) id: dd5b3632db (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:輝 | 作成日時:2019年8月8日 23時