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車までの通路は、
一歩ずつ、彼女の歩幅に合わせて。
何も話さない。
でも、沈黙の中にちゃんと会話がある気がした。
“ありがとう”
“怖かったね”
“もう大丈夫”
どの言葉も、口にしなくても伝わってる。
だから俺の気持ちも、きっと彼女に届いていると思う。
駐車場について。
二人で車に乗り込んだ。
「ねぇ、次はさ、カフェのチーズケーキ買いに行こう?」
不意な話にAが笑った。
小さく、でも確かに。
『……うん!』
その笑顔を見た瞬間、
張り詰めていたものが一気にほどけた。
よかった。
ちゃんと“ここ”に戻ってきてくれた。
ちゃんと、笑ってくれた。
運転席に座って、
ふとAの手を握りしめる。
俺がその手を離さない限り、彼女から怖さがなくなりますように。
だって俺も、
この手がある限り、怖くないから。
「ねぇ、あのマグカップさ。結局、何にそんな悩んでたの?」
俺が聞くと、Aはえっ?と目を丸くして、
また笑ってくれる。
『……色。ほんのちょっとだけ、色味が違ってて』
「そぅ?遠くからだとわからなかったな」
『結構違ったよ。小さい模様みたいなのが』
「そうだったんだ」
『…結局、決めきれなかったから。一つ、紫耀にあげるね』
「えっ?俺に?」
『うん。いつもありがとうの気持ち』
「え〜!やった!」
『本当は、ちゃんと手紙をつけて渡そうと思ってたけど。残念だったね』
「えっ!?なんで?」
『だって、もう知っちゃったから…』
Aの予想外の話に、
俺もつられて笑ってしまう。
さっきまでの緊張が嘘みたいにどこかへ溶けていった。
信号待ちの赤の下、
俺はハンドルの上に片手を置いたまま、もう片方で彼女の手を握る。
指先が、確かに返ってくる。
その小さな動きだけで、胸があたたかくなった。
『ねぇ、紫耀?』
「ん?」
『さっき言ってたチーズケーキ、次はお揃いのマグで食べよ!』
その言葉に、思わず笑ってしまう。
「うん、いいね。それ、最高」
街の灯りがフロントガラスの向こうで流れていく。
ほんの少し前まで、世界が狭くて息が詰まりそうだったのに、
今は、どこまでも広がって見える。
誰かの隣で笑えること。
その当たり前が、こんなにも愛しい。
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作者名:Pino | 作成日時:2025年10月30日 0時


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