伍−それはまるで菩薩のような慈悲深さだった ページ5
＊
ピタリと足を止める。この声は。
「おばあ、ちゃん？」
「Aちゃん。これは夢だよ。早く、目を覚ましなさい」
穏やかな口調のはずのみつが、厳しめな声でそう言う。夢？何を言ってるのだろうと、Aは思ったが、頭のどこかでは理解していた。けれど、考えたくなかったのだ。
「そうだよ、A。早く起きろ。乗客達が、仲間が危ない。ここは夢だ。お前は本当は汽車の中にいる。」
ぶわり。強い風が吹く。混乱しているのだ。彼女の頭が。ぐるりぐるりと回る。みつの姿は消え、御先祖様だけがそこに居た。彼女は、キラキラと輝く白髪を靡かせながら、口を開いた。
「彼の耳飾りと、呼吸を継いだ子がそろそろ覚醒する。それに、鬼の娘も泣いているぞ。何をしている。早く起きろ。守れぬぞ。何も。」
はっと、Aは目を見開いた。
＊＊＊＊
「はあ、っはあ！」
とある少年が走っていた。彼は、魘夢に受命されAの夢の中へ入っていた。その手には錐が握られていた。彼の目元は隈が酷く、頬も痩せこけていた。
(早く、早く壊さないと)
雪に足を取られそうになる。肺が凍りそうな程に寒いのに、何故こんなにも暖かく感じるのだろうかと、少年は思う。
＿＿行き止まり。この先に、Aの無意識領域があった。彼が錐で空間を破った、瞬間。
暖かな風が吹く、真っ白な空間だった。穏やかで、優しい空間がそこに広がっていた。とん、と何かが足に触れた。少年が下を見ると、小さな小人のようなものが、ゆらゆらと揺れながら彼の足に触れていた。“それ”が触れている所が熱を持って、じんわりと優しい暖かさが心に広がった。
“それ”が少年を精神の核へと案内する。手を引いて。彼は、とても驚いていた。けれど、その暖かさが、心地よくて離れがたくなっていた。
「これが、あの子の核…」
透明で、暖かで、優しい。けれど、どこか禍々しいもののついたものだった。太陽、もしくは月を連想させるものだった。少年の手が、核に触れようとのばされた。
＿すると。空間が、変わっていく。白から様々な色を映し出す。ぱっと、止まったかと思えばそこは、少年の家だった。そして、己の目の前にいるのは−−−
「姉、ちゃん？」
彼の亡き姉が、立っていた。
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作者名：僕達はエンジェル | 作成日時：2021年9月25日 14時
