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それから数日後のことだ。
やはり深夜帯にうるさくなる携帯。部下の単純な仕事ミスに徹夜続き。仕事を終えたばかりの降谷は、かなり気が立ってきた。
桃原A降谷さん、私協力者でいるの辞めますね
そんな中での、このメッセージである。
降谷の堪忍袋が切れるのは当然のことだった。
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以前のように躊躇いなく、Aに電話をし、繋がった瞬間怒鳴り散らした。
「ふざけたことばかり言うな!子供のお遊びじゃない、
電話の奥はシンとしていた。その沈黙が、余計に降谷の機嫌を逆撫でした。
「簡単に辞めるだなんて口にできるお前には分からないだろうな。‥
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『‥‥‥飽きた、から‥』
彼女の声は少しばかり震えていた。
ハッ、と降谷の嘲笑うような声がノイズ混じりに届く。
降谷だって分かっていた。彼女のことを、子供だと思ったことは一度もない。それは、彼女が子供を言い訳にして仕事を休んだことも、サボったことも、放棄したこともないからだ。
降谷が信頼を置くのは、自身がこの仕事に誇りと使命感を持つように、彼女も同じように協力者と言う立場を理解し、その仕事に絶対的な思いで向き合っているからだ。
彼女から発せられた言葉が、嘘だと言うことには痛いほど気付いている。
だけれど、そんなことを気遣う余裕は、今の彼にはなかった。立場や環境の違う相棒として、慕っている相手からの裏切りとも取れる言葉だったからだ。大切な人を失う辛さは、誰よりもわかっている男だったからこそ、許せなかった。
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「‥‥‥なんだよ、それは‥」
消え入りそうな声だったのは、同じだった。
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『そんなこと、報告書に書けないよね。そうだ、素行不良って言うのはどう?信頼できる相手ではなくなったから、切った。それで良いでしょう?』
降谷の傷だらけの心だけが置いていかれる会話に、男は初めて言った。
「A」
お願いだから、そんな声が聞こえてきそうだった。
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『‥‥‥好き、だから。貴方のことが好きだから、私は隣にはいられない』
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時