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嵐が過ぎ去ったように、静かな店内。丁寧に御馳走様と告げた子供たちは、5時のチャイムと共に帰っていった。
Aも帰ろうと腰をあげたところで、コトリと目の前にいつものカフェオレが置かれた。
「ココア、Aさんには甘すぎたでしょう？」
もう少し、この店にいたらいい。そんな言葉が、聞こえてきそうだった。
ゆっくりと、もう一度腰を下ろしたA。
安室は、何にも気にしてない様子でテーブル席を片付け、洗い物をしている。
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『高校3年生。水族館に行ったとき。触れ合い体験で、他にもお客さんたくさんいるのに私にばっかりイルカが寄ってきて、あなた本気で心配してた』
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『大学2年生。20歳の誕生日のとき。零くん、私に何プレゼントしたか覚えてる？銀で出来たクマの置物。銀製品は、毎日丁寧に磨かないと黒ずむから、って。これを磨く度に、僕のことを忘れないでほしいって‥貴方が言ったの、』
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なのに、どうして。
何も言ってくれないの。教えてくれないの。他人のフリをするの。何も知らないフリをするの。貴方は誰なの？
どうして私の返事も聞かずに、何処かに行ってしまったの。
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ギュッと唇を噛み締めたAは、財布から適当にお札を出して乱雑に鞄を肩にかけた。音を立てて椅子を引いて、扉まで早足で進む。
胸が縛り付けられるように、ただただ苦しい。
もうきっとあの人は、私を見てくれない。
もうきっとあの人は、自分を教えてくれない。
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「Aさん」
扉を開ける直前、初めて彼が心許ない声で呼び止めた。不覚にも、足が止まる。
「鞄の肩紐、ねじれてますよ」
あいもかわらず、あの男は安室透で微笑む。
“ A。また、鞄の紐に髪巻き込んでるぞ。いつも言ってるだろ、綺麗な髪なのに傷んだらどうするんだ ”
記憶の中でしか、降谷零は顔を出さない。
学生時代から、何度言っても直らなく、直さなかった癖。ねじれた紐に、いつも挟まっていた絹のようなロングヘアー。それに優しく触れる、彼の手が大好きだったからだ。
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作者名：ハル | 作成日時：2021年9月12日 0時
