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『ほんとに煙草吸う人間の理解に苦しむ。鼻がツーンとする、』
独り言ではあるが、まるで誰かに文句を言うように女は言葉を漏らした。
「そのメンソールの刺激が良いのさ」
女はどこからともなく聞こえる声に、下げていた顔を上げた。自分が吐き出した香ばしい靄の中から、彫りが深く整った顔の男が現れた。
翡翠のつり上がった目が、自分をとらえていた。どうやら、女の呟きに対しての反応らしい。薄暗い店だが、その口角はどことなく上がっているように見える。
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『そういうもんですか‥』
男は、奥側に二つほど席を開けて座った。
訝しげな雰囲気を持つ男を、横目で眺めた。被っているニット帽から靴まで、全身黒ずくめの見るからに怪しい男だ。
しかし、自分も大差ないかとうっすらと煙の上がる煙草を灰皿に擦り潰した。
『マスター、いつもの』
「はい」
ーシュッ
酒を待つまでの間、何を考えるわけでもなくただぼーっとしていると、聞きなれない音とほんのり灯る明かりに、女は思わず視線を動かした。
その音は、男がマッチをつけた音だった。それこそ慣れた様子で煙草に火をつけ、口にくわえた。
マッチで煙草など、今時粋なことをする男だ。
それを見た女は、自分の手元にあった硝子製の灰皿を男に突き出した。自分にはもう要らないから、と言わんばかりに黙って押しやる。
男は小さくありがとうと呟くと、ふう、と紫煙を燻らせた。
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『お兄さんにとって、煙草ってそんなに大事なもの?』
まったくの初対面であったが、女は何となく尋ねた。返事がないならないでいい。所詮、そのレベルの会話。
「‥‥起爆剤であり、安定剤だな」
首を少し傾げた女を一瞥した男は、ふっ、と笑った。
「集中力が増す、落ち着く」
『典型的なニコチン依存症ね』
含み笑いを浮かべながら、女は出されたばかりの酒を口にした。
「煙草は無理して吸うものじゃない」
『‥‥ふうん』
興味がないのか、そうとは思わないのかそれとなく相槌をうった女は、煙草の箱を手で弄んでいた。
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時